"映画の夜に消える少女" 第1話
昭32、初。
野県のあいに、戸数80ほどのさながあった。周囲をい々と杉林に囲まれ、田畑のを縫うように細いが続いていたが、舗装されている所はまだわずかだった。
町へるには、朝夕に数本しからないボンネットバスに乗らなければならない。しきな買い物をするにも、病院へくにも、の々はその刻にわせて1の予定を決めていた。
もちろん、に映画館はなかった。
テレビが置かれているも、かつて庄だったきなと診療所くらいだった。まだ「にいながら映画を見る」ということそのものが、ほとんどのには像もできない代だった。
だからに1度、県の巡回映画班がやって来るは、全体が朝からしだけ落ち着かなくなった。
役の掲示板に映をらせるが貼られると、学帰りの子どもたちは何度もそのへ集まった。たちも畑仕事のき帰りにを止め、今は何を映するのかと題名を確かめていた。
映画が映されるのは、学の講堂だった。
そのの夕方になると、役の青たちが16ミリ映写を運び込み、講堂の壁いっぱいにい幕を吊るした。窓にはからが入らないよう黒い布が張られ、いつもの学とはまるで違う空がしずつ来がっていった。
広告
子どもたちはから座布団を抱えてってきた。
農作業を終えたたちは、首にかけた拭いで額の汗をぬぐいながら講堂へ入った。ろの方では寄りたちが壁際に座り、映画が始まるから所の来事を話している。
やがて映始のがづく。
講堂の灯が1つずつ消され、最のかりまで落ちると、それだけで子どもたちのからさな歓声ががった。
カタカタカタ……。
暗のろから、映写の音が聞こえてくる。
細いの筋が々のを通り、真っだった幕に最初の映像が浮かびがる。その瞬だけは、あいのさながい町やらないとつながった。
にとって、巡回映画はに1度だけ訪れる「の世界」だった。
そのを、誰より楽しみにしている女がいた。
17歳の美代である。
美代は巡回映画のらせが貼られると、誰よりく役の掲示板へ見にった。映画の題名をので何度も繰り返し、演者の名まで覚えようとした。
学や役から配られる粗末な映画案内も、美代にとっては切なものだった。の端が柔らかくなるほど何度も読み返し、あらすじの文文をに入れていた。
「今度はの話だって」
「汽がてくるらしいよ」
映画のがづくと、美代は友たちにも嬉しそうに話した。
広告
映当も、くから講堂へった。
子を並べるのを伝い、窓へ黒い布をかける青たちへ布を渡し、子どもたちがり回れば「転ぶよ」と声をかける。まるで自分が巡回映画班の1であるかのようにき回っていた。
誰が見ても、美代は映画が好きだった。
ところが、議なことが1つあった。
美代は、映画を最まで見たことがなかった。
それどころか、映そのものをほとんど見ない夜さえあった。
夕方までは誰より楽しそうにしている。
準備も伝う。
映画案内も何度も読んでいる。
それなのに、映がづき、が次々と講堂へ入ってくる頃になると、美代は急に落ち着かなくなった。
そして灯が消されるしになると、決まってちがった。
「美代、どこへくの?」
友が聞く。
美代は映画案内をさく折りたたみながら、曖昧に笑った。
「ちょっと用事があるから」
「映画、始まるよ」
「うん。分かってる」
そう言うと、講堂の裏からていく。
最初は誰も気にしなかった。
の用事でもあるのだろう。
父親に呼ばれたのかもしれない。
そうわれていた。
しかし翌の映画のも、美代は消えた。
その次も同じだった。
も。
も。
がづいても。
巡回映画がへ来る夜になると、美代は必ず映に講堂から姿を消した。
誰より映画を楽しみにしている女が、なぜか映画の夜だけいなくなる。
それがたちの目につかないはずはなかった。
やがてさなので、美代についての噂がしずつ広がり始めた。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 2 -
完結第21話
昭和29年、棟梁が祝いの柱を割った理由
昭和二十九年、上棟式の朝。棟梁・源吉は、自ら建てた家の柱に異変を感じ、祝いの客の前で斧を振り下ろす。内部から現れたのは、黒く傷んだ木だった。 仕事も信用も失いかける中、娘が見つけた不自然な印と、材木置場の青年の証言から、粗悪材の印を改ざんして売る仕組みが明らかになる。しかし源吉自身も、十分に検品せず判を押していた。時代|歴史|昭和2.7万字5 0 -
完結第20話
桑の音が消えた村
昭和三十五年、信州の養蚕村で、蚕が一夜にして全滅する。唯一無事だったのは、昔ながらの方法にこだわり、村人から笑われていた七十八歳のトヨの蚕室だった。 疑いを向けられた祖母だったが、原因は共同散布された新しい薬剤にあった。しかも農事組合を率いる息子・慎造は、事前に危険性を知らされていた。時代|歴史|昭和2.5万字5 0 -
完結第20話
金色の髪を隠して嫁いだ私と、無口な写真師の約束
昭和四十二年。英国人の父から受け継いだ金色の髪を「家の恥」とされ、黒く染め続けてきた月子は、写真師・湊のもとへ嫁がされる。 雨で黒い煤が流れ、秘密が露わになっても、湊は彼女を拒まなかった。月子は写真館で働きながら、母の手紙や父の存在、叔母が隠してきた過去と向き合っていく。 見世物のように利用しようとする町の男にも屈せず、「何を見せるかは自分で決める」と声を上げる月子。隠された少女が、自分の姿と人生を取り戻す物語。時代|歴史|昭和2.9万字5 0 -
完結第18話
昭和38年、つなぐなと言われた救急電話
昭和38年、山間の電話交換所で働く澄子は、診療所から県立病院への緊急電話を受ける。重傷の17歳を救うための連絡だったが、主任は「その電話だけは絶対につなぐな」と命じた。 少年が亡くなった後、澄子の判断ミスとして処理されようとする。しかし記録を調べると、救急回線が止められていた時間にも、工事会社と本社、町役場の間では電話がつながっていた。時代|歴史|昭和|ミステリー2.3万字5 221 -
完結第20話
昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女
昭和34年、青森から集団就職列車で上京した15歳の澄子。しかし迎えの男は、「佐藤澄子は昨日から働いている」と告げ、十二人のうち彼女だけを駅に置き去りにする。 工場では、石川鈴という少女が澄子の名前と勤務番号を与えられていた。さらに偽造された退職届、説明のない給与控除、未発送の手紙など、少女たちを名前と番号で管理する不正が次々と明らかになる。時代|歴史|昭和2.8万字5 1174 -
完結第16話
昭和53年、棟梁が俺を毎晩残した理由
十五歳で大工に弟子入りした直人は、一年間、掃除と雑用ばかりの日々を送っていた。ところが昭和五十三年の春、厳格な棟梁・源造から突然、「今日から毎晩残れ」と命じられる。 鉋、墨付け、仕口、図面。三年かけて覚えるはずの技を急いで教え込まれる一方、棟梁の体は日に日に弱っていく。やがて直人は、夜の稽古が自分を酷使するためではなく、残された時間で技術を託すためだったと知る。 師のいない現場で家を完成させた直人に遺されたのは、「半人前」と書かれた道具箱。しかし、その紙の下には、棟梁が生涯口にしなかった本当の言葉が隠されていた。時代|歴史|昭和2.6万字5 283 -
完結第16話
昭和24年、帰還した夫の家に別の夫がいた
戦地から四年ぶりに帰還した清太を待っていたのは、妻・文子と見知らぬ夫、そして二人の幼い娘だった。「ここはもう私たちの家です」と告げられ、清太は自分が死者として扱われていたことを知る。 出征直前、文子の胎内にいた息子・浩はすでに八歳。しかし浩は母のもとではなく、山村の伯母夫婦に育てられていた。妻も家も息子も取り戻したい清太だったが、彼のいない四年間にも、それぞれが生き延びるために築いた暮らしがあった。 実父の清太、母と暮らす政男、自分を育てた伯父。三人の「父」を持つ浩を前に、清太は家族が奪い返すものではないと気づいていく。時代|歴史|昭和1.4万字5 223 -
完結第14話
昭和29年、夫を亡くした私から船が奪われた
夫を海難事故で失った翌朝、志津は3人の子どもを養うため、残された船で海へ出ようとした。だが漁協は鍵を取り上げ、義兄は告げる。 「船を使いたければ、長男をうちへ寄こせ」 女には魚を売らせない。船も網も夫名義。さらに借りた伝馬船まで奪われた志津は、自ら町を歩き、獲れた魚を一軒ずつ売り始める。 やがて見つかった古い領収控えには、船の手付金を払った志津の名前があった。しかし同時に、義兄が残金を貸していた事実も判明する。 船をめぐる権利と借金、そして11歳の息子の人生。何も持たないと見下された志津は、海ではなく「魚を売る場所」から、自分たちの暮らしを取り戻していく。時代|歴史|昭和2.1万字5 264 -
完結第14話
母の葬儀から戻ると、私の寝台はもうなかった
母の葬儀を終え、約束より1日遅れて工場へ戻った18歳の女工・春江。だが門前には私物の入った段ボール箱が置かれ、寮母は冷たく告げた。 「あなたの寝台は、もう別の子に渡しました」 無断欠勤を理由に自己都合退職を迫られ、給料まで大幅に差し引かれた春江。しかし明細には、故郷にいたはずの3日間、彼女が残業した記録が残っていた。 さらに、春江の寝台を与えられた15歳の少女は、彼女と同じ勤務番号で働かされていた。時代|歴史|昭和2.1万字5 194