"映画の夜に消える少女" 第3話
美代は誰にも言わず、そのを見にった。
題名を読んだ。
演者の名も確認した。
そして映当になると、これまでと同じように学の講堂へ向かった。
源蔵にあれほど叱られたのだから、今こそ美代は講堂に残る。
兄の正夫はそうっていた。
正夫は美代より3歳だった。妹が母をくしてからどれほど寂しいいをしてきたかっており、父と妹が衝突したには、いつもで何とかしようとしてきた。
だが今回のことについては、正夫にも分からない。
美代は本当に誰かと会っているのだろうか。
もしそうなら、父のり方はともかく、兄として事をっておく必がある。
その夜、正夫も講堂へった。
いつものようにが集まり、役の青たちが映写を確認している。美代はの方で子どもたちの座布団をえながら、楽しそうにいていた。
「今は最まで見るのか」
正夫が声をかけると、美代はし驚いた顔をした。
「兄ちゃんも来たの?」
「映画くらい見るさ」
「そう」
美代はそれ以何も言わなかった。
映刻がづいた。
講堂の入りが混み始め、たちの話し声と子どもたちの笑い声が入り交じる。ろでは映写のリールが取り付けられ、試しにしだけ械を回す音がした。
正夫は妹から目をさなかった。
広告
そして、やはり美代はいた。
周囲が席につき始めるのを確認すると、折りたたんだ映画案内を掛けの内側へ入れた。誰にも気づかれないように講堂の脇へみ、そのままへた。
正夫はしを置いてちがった。
「どこくんだ、正夫」
りいに聞かれたが、「ちょっとな」とだけ答えた。
へると、はすでにの向こうへ落ちていた。
暗い庭の先を、美代が歩いている。
正夫は距を空け、そのを追った。
美代はの方向へかなかった。
のをれ、田んぼのを通るへ向かった。
正夫の胸に、噂で聞いた言葉が浮かんだ。
――隣の青と会っている。
「まさかな……」
さく呟きながら歩いた。
をく美代は、1度も振り返らない。
田んぼの脇を抜けると、は杉林へ入った。
講堂の方から聞こえていた々の笑い声も、次第にくなった。映画がもう始まったのか、の静けさのでは映写の音さえ届かなかった。
正夫はますますになった。
17歳の妹が、が暮れてから1でこんな所を歩いている。
父がれば、また鳴るだろう。
しかし、美代は慣れている様子だった。
元の暗い所ではし速度を落とし、のい所を避けながら歩いていく。どう見ても、初めて通るではない。
「本当に毎ここを……」
正夫は眉を寄せた。
やがて杉林を抜けた。
広告
しけた裾に、古い造のが1軒だけ建っていた。
隣へ向かうではない。
周囲にはにもない。
美代は迷わずそののへち、戸をけた。
「こんばんは」
から老の声がした。
「おお、美代ちゃんか」
正夫はを止めた。
男の声ではあった。
しかし若い男ではない。
らかに老いた声だった。
正夫はの脇までづき、戸からしれた所で様子をうかがった。
内にいたのは、70歳を過ぎた老だった。
佐久弥平。
では「弥平じい」と呼ばれている男だ。
正夫も顔はっていた。
裾のに1で暮らし、目がほとんど見えない老だということもっていた。だが、妹と親しくしているとは聞いたことがなかった。
美代は呂敷包みを膝のに置き、そのから折りたたんだを取りした。
講堂でも持っていた映画案内だった。
「今の映画ね、が台なんだって」
美代の声がした。
弥平は静かに頷いた。
「か」
「うん。最初に汽がてくるの。のをって、それから主公が駅に着くんだって」
正夫は戸のでち尽くした。
何をしているのか、すぐには理解できなかった。
美代はにかれたあらすじを読むだけではなかった。
「汽はたぶん黒くて、煙をいっぱいしてるとう。案内にそういう絵があったから」
「そうか」
「駅にはたくさんがいるんだって」
弥平がし首を傾げた。
「汽は画面のどっちから来る?」
「それは……まだ私も見てないから分からない」
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 2 -
完結第21話
昭和29年、棟梁が祝いの柱を割った理由
昭和二十九年、上棟式の朝。棟梁・源吉は、自ら建てた家の柱に異変を感じ、祝いの客の前で斧を振り下ろす。内部から現れたのは、黒く傷んだ木だった。 仕事も信用も失いかける中、娘が見つけた不自然な印と、材木置場の青年の証言から、粗悪材の印を改ざんして売る仕組みが明らかになる。しかし源吉自身も、十分に検品せず判を押していた。時代|歴史|昭和2.7万字5 0 -
完結第20話
桑の音が消えた村
昭和三十五年、信州の養蚕村で、蚕が一夜にして全滅する。唯一無事だったのは、昔ながらの方法にこだわり、村人から笑われていた七十八歳のトヨの蚕室だった。 疑いを向けられた祖母だったが、原因は共同散布された新しい薬剤にあった。しかも農事組合を率いる息子・慎造は、事前に危険性を知らされていた。時代|歴史|昭和2.5万字5 0 -
完結第20話
金色の髪を隠して嫁いだ私と、無口な写真師の約束
昭和四十二年。英国人の父から受け継いだ金色の髪を「家の恥」とされ、黒く染め続けてきた月子は、写真師・湊のもとへ嫁がされる。 雨で黒い煤が流れ、秘密が露わになっても、湊は彼女を拒まなかった。月子は写真館で働きながら、母の手紙や父の存在、叔母が隠してきた過去と向き合っていく。 見世物のように利用しようとする町の男にも屈せず、「何を見せるかは自分で決める」と声を上げる月子。隠された少女が、自分の姿と人生を取り戻す物語。時代|歴史|昭和2.9万字5 0 -
完結第18話
昭和38年、つなぐなと言われた救急電話
昭和38年、山間の電話交換所で働く澄子は、診療所から県立病院への緊急電話を受ける。重傷の17歳を救うための連絡だったが、主任は「その電話だけは絶対につなぐな」と命じた。 少年が亡くなった後、澄子の判断ミスとして処理されようとする。しかし記録を調べると、救急回線が止められていた時間にも、工事会社と本社、町役場の間では電話がつながっていた。時代|歴史|昭和|ミステリー2.3万字5 221 -
完結第20話
昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女
昭和34年、青森から集団就職列車で上京した15歳の澄子。しかし迎えの男は、「佐藤澄子は昨日から働いている」と告げ、十二人のうち彼女だけを駅に置き去りにする。 工場では、石川鈴という少女が澄子の名前と勤務番号を与えられていた。さらに偽造された退職届、説明のない給与控除、未発送の手紙など、少女たちを名前と番号で管理する不正が次々と明らかになる。時代|歴史|昭和2.8万字5 1174 -
完結第16話
昭和53年、棟梁が俺を毎晩残した理由
十五歳で大工に弟子入りした直人は、一年間、掃除と雑用ばかりの日々を送っていた。ところが昭和五十三年の春、厳格な棟梁・源造から突然、「今日から毎晩残れ」と命じられる。 鉋、墨付け、仕口、図面。三年かけて覚えるはずの技を急いで教え込まれる一方、棟梁の体は日に日に弱っていく。やがて直人は、夜の稽古が自分を酷使するためではなく、残された時間で技術を託すためだったと知る。 師のいない現場で家を完成させた直人に遺されたのは、「半人前」と書かれた道具箱。しかし、その紙の下には、棟梁が生涯口にしなかった本当の言葉が隠されていた。時代|歴史|昭和2.6万字5 283 -
完結第16話
昭和24年、帰還した夫の家に別の夫がいた
戦地から四年ぶりに帰還した清太を待っていたのは、妻・文子と見知らぬ夫、そして二人の幼い娘だった。「ここはもう私たちの家です」と告げられ、清太は自分が死者として扱われていたことを知る。 出征直前、文子の胎内にいた息子・浩はすでに八歳。しかし浩は母のもとではなく、山村の伯母夫婦に育てられていた。妻も家も息子も取り戻したい清太だったが、彼のいない四年間にも、それぞれが生き延びるために築いた暮らしがあった。 実父の清太、母と暮らす政男、自分を育てた伯父。三人の「父」を持つ浩を前に、清太は家族が奪い返すものではないと気づいていく。時代|歴史|昭和1.4万字5 223 -
完結第14話
昭和29年、夫を亡くした私から船が奪われた
夫を海難事故で失った翌朝、志津は3人の子どもを養うため、残された船で海へ出ようとした。だが漁協は鍵を取り上げ、義兄は告げる。 「船を使いたければ、長男をうちへ寄こせ」 女には魚を売らせない。船も網も夫名義。さらに借りた伝馬船まで奪われた志津は、自ら町を歩き、獲れた魚を一軒ずつ売り始める。 やがて見つかった古い領収控えには、船の手付金を払った志津の名前があった。しかし同時に、義兄が残金を貸していた事実も判明する。 船をめぐる権利と借金、そして11歳の息子の人生。何も持たないと見下された志津は、海ではなく「魚を売る場所」から、自分たちの暮らしを取り戻していく。時代|歴史|昭和2.1万字5 264 -
完結第14話
母の葬儀から戻ると、私の寝台はもうなかった
母の葬儀を終え、約束より1日遅れて工場へ戻った18歳の女工・春江。だが門前には私物の入った段ボール箱が置かれ、寮母は冷たく告げた。 「あなたの寝台は、もう別の子に渡しました」 無断欠勤を理由に自己都合退職を迫られ、給料まで大幅に差し引かれた春江。しかし明細には、故郷にいたはずの3日間、彼女が残業した記録が残っていた。 さらに、春江の寝台を与えられた15歳の少女は、彼女と同じ勤務番号で働かされていた。時代|歴史|昭和2.1万字5 194