"質屋に出された夫の時計" 第8話
「職では違ったんですね」
「でも同じだったんじゃないですか」
田所は穏やかに言った。
「ただにさなかっただけで」
千代はその言葉をく覚えていた。
丸田組の正については、その、残された帳簿や関係者の話をもとに調査がんだ。
震災でくの資料が失われたため、すべてがらかになったわけではない。
それでも規格資材を正規品として扱った記録の部は確認され、信介が疑っていたことが妄ではなかったことは証された。
田所は言った。
「信介君が残した写しがなかったら、全部焼けて終わっていました」
千代は答えた。
「だから別の部に置いたんですね」
でもなく。
会社でもなく。
誰にもられない部。
妻を守りながら、証拠を守るため。
その慎さが、震災まで帳簿を残した。
千代はようやく理解した。
信介は最の数週。
族を捨てる準備をしていたのではない。
これからも族ときるために。
自分が違っているとうものを、そのままにしない準備をしていたのだ。
震災から半が経った。
を越えた京には、しずつしい建物が増え始めていた。
なくなった。
建て直された。
更になった所。
以と同じ町へ戻ることはない。
千代もそれを受け入れ始めていた。
信介については、正式には方のままだった。
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確かな最期を見た者はいない。
遺されたものだけがある。
革鞄。
。
帳簿。
そして懐計。
伊勢の主は度、計を修理してやろうかと言ってくれた。
震災の衝撃で内部が壊れ、針がかなくなっていた。
千代はし迷った、断った。
「このままでいいんです」
刻は、震の直とわれるところで止まっている。
正確なかどうかは分からない。
でも、かさないことにした。
信介のを閉じ込めたいわけではない。
むしろ逆だった。
この計を見るたび。
自分は続きのをきているのだとうためだった。
ある。
吉が再び訪ねてきた。
以より顔がよくなり、仕事も再したという。
「奥さん」
玄関先でをげた。
「あののこと、ずっと忘れません」
「計のことですか」
「それもあります。でも」
吉は顔をげた。
「信介さんが戻ってきてくれたことです」
震直。
誰もが自分の命を守ることで精いっぱいだった。
それは責められることではない。
そので信介は。
度全な所までたのに、戻った。
「私だったら、できたか分かりません」
吉は目を伏せた。
「だから、この先ちゃんときます」
千代は何も言わなかった。
ただをげた。
夫が助けた命が。
今、目のにっている。
それだけでよかった。
その夜。
千代は信介のをまたいた。
は何度も読まれ、折り目が柔らかくなっていた。
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「正しいとったことを見て見ぬふりをして、この先おと飯をう方が、俺にはつらい。」
千代はその文を指でなぞった。
信介は英雄になりたかったわけではない。
会社を倒したかったわけでもない。
ただ。
自分ので違っているとうことを、見なかったことにできなかった。
そして最の。
誰かが瓦礫のにいるとって。
そこからも逃げなかった。
千代は窓をけた。
くから事の音が聞こえる。
京は作り直されている。
しい建物。
しい。
しい暮らし。
夫があれほど気にしていた建築資材も。
これからく使われるだろう。
「ちゃんとしたものを使ってよ」
千代は誰に言うでもなく呟いた。
信介なら。
きっと同じことを言ったとった。
何経っても。
91がづくと、千代は懐計をした。
の蓋には、昔からあるさな傷。
鎖の留めには修理の跡。
裏蓋をけば。
「正74 千代より信介へ」
文字はしずつくなっていた。
震災直。
千代には何も分からなかった。
夫は会社へった。
建物が崩れた。
帰らなかった。
それだけだった。
ところが計が戻ってきた。
んだとわれた夫の計を、らない男が質へ持ってきた。
そこから。
つのの最の数が、しずつ姿を現した。
らない鍵。
本郷の宿。
からろした。
浦きの汽の切符。
の帳簿。
最初はどれも、夫が妻を捨てて逃げるための痕跡に見えた。
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