"家族写真の左端" 第4話
宗吉は、その先代の男だった。
つまり本来なら、瀬を継いでいたはずのだった。
「宗吉は子どもの頃からの回る子だった」
きぬの声は、いつしかい昔を語るものに変わっていた。
「そろばんもかった。帳簿を度見れば体覚えてしまう。まだ若いうちから京の糸相の話までしていたよ」
先代は、そんな男をいに期待していた。
瀬をこれからさらにきくするのは宗吉だ。
周囲にも、そう話していたという。
弟の源蔵は、宗吉のろをついて歩く子どもだった。
何をしても兄の方がく覚え、父親から褒められる。
清郎には、今の父から像するのが難しかった。
「では、どうして伯父はを継がなかったんですか」
きぬの表が曇った。
「女のを好きになったからだよ」
「女の?」
「ハナという娘だった」
ハナはくの農の娘だった。
は裕福ではなく、10代の頃から製糸へ働きにていた。
瀬のような商から見れば、息子の嫁として迎えることなど考えられない柄だった。
それ以に、宗吉にはすでに別の縁談が用されていた。
相は、瀬と取引のある商の娘だった。
縁談がまとまれば、両の関係はさらにくなる。
資の融通もしやすくなり、糸の商いにもきな利がある。
「昔の商ではね、結婚は本だけのものではなかったんだよ」
広告
きぬは静かに言った。
「とをつなぐものだった。まして跡取りなら、自分の好き嫌いだけで決められることではないと、みんなっていた」
宗吉も最初は何も言わなかった。
だが、縁談が具体にみ始めた頃、ついに父親へ自分のを伝えた。
「ハナと緒になります」
先代は取りわなかった。
「馬鹿なことを言うな」
度目は、それで終わった。
しかし宗吉は諦めなかった。
数、改めて父親のへ座った。
「縁談は断ってください」
「を継ぐ者が勝なことを言うな」
「は継ぎます。でも結婚する相は自分で決めたい」
先代は激した。
「を継ぐというが分かっていない」
「分かっています」
「分かっているなら、その娘とは別れろ」
宗吉は黙らなかった。
「できません」
その言で、父と息子のに決定な亀裂が入った。
何度も言い争いになった。
きぬはそのたび、夫と息子のへ入ろうとした。
「しを置いたらどうです」
夫へ言っても聞き入れられない。
宗吉へも言った。
「今すぐ決めなくてもいいだろう」
だが宗吉は首を振った。
「母さん、を置けば、ハナを諦めるとっているんだろう」
「そんなことは……」
「父さんもそうってる」
そしてある、ついに先代が言った。
「そんな女を選ぶなら、瀬の名を捨てろ」
きぬはそののことを、今も忘れられないという。
広告
鳴り声の、座敷は静まり返った。
宗吉はしばらく父親を見ていた。
そして、くをげた。
「分かりました」
きぬはわずちがった。
「宗吉」
「をます」
「何を言っているの」
「瀬の名を捨てろと言われたんです。なら、そうします」
先代は止めなかった。
きぬが泣いて頼んでも、考えを変えなかった。
宗吉もまた、引き返さなかった。
「のたちには何と説したんですか」
清郎が尋ねた。
きぬは苦い顔をした。
「男は病気療養のため方へった、と」
「嘘を?」
「の恥になるとったんだろうね」
そして、弟だった源蔵が跡取りになった。
のでは宗吉の名をにすること自体が禁じられた。
類も片づけられた。
も目につかないところへ移された。
写真も表から消えた。
清郎が仏でどれだけ探しても宗吉を見つけられなかった理由が、ようやく分かった。
「でも、写真館には残っていました」
清郎が言った。
「治34の乾板です」
きぬの目が揺れた。
「あれは……私が頼んだんだよ」
「おばあさまが?」
「宗吉が町をるのにね」
きぬは布団のでをねた。
それから、昨写真を見たと同じような目をした。
「もう会えなくなるかもしれないとった」
をる。
きぬは夫に隠れて宗吉を写真館へ連れていった。
宗吉は最初、笑ったという。
「写真なんてげさだな、母さん」
「いいから枚だけ撮らせておくれ」
「また戻ってくるよ」
「それでもだよ」
宗吉は仕方ないという顔で写真師のにった。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
七〇二号室の秘密
入籍12日目、初めて義実家を訪れた遥香は、豪華なすき焼きの陰で、義姉・真帆が水をかけた冷や飯だけを食べさせられている姿を目撃する。 真帆から託された住所を訪ねると、そこには夫・直樹がいた。彼は義姉の避難部屋を用意しながら、兄と母を恐れて救出を先延ばしにしていたのだ。兄弟姉妹|嫁姑|夫婦|真実|裡の顔|修羅場2.0万字5 219 -
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 285 -
完結第21話
昭和29年、棟梁が祝いの柱を割った理由
昭和二十九年、上棟式の朝。棟梁・源吉は、自ら建てた家の柱に異変を感じ、祝いの客の前で斧を振り下ろす。内部から現れたのは、黒く傷んだ木だった。 仕事も信用も失いかける中、娘が見つけた不自然な印と、材木置場の青年の証言から、粗悪材の印を改ざんして売る仕組みが明らかになる。しかし源吉自身も、十分に検品せず判を押していた。時代|歴史|昭和2.7万字5 167 -
完結第20話
桑の音が消えた村
昭和三十五年、信州の養蚕村で、蚕が一夜にして全滅する。唯一無事だったのは、昔ながらの方法にこだわり、村人から笑われていた七十八歳のトヨの蚕室だった。 疑いを向けられた祖母だったが、原因は共同散布された新しい薬剤にあった。しかも農事組合を率いる息子・慎造は、事前に危険性を知らされていた。時代|歴史|昭和2.5万字5 145 -
完結第20話
金色の髪を隠して嫁いだ私と、無口な写真師の約束
昭和四十二年。英国人の父から受け継いだ金色の髪を「家の恥」とされ、黒く染め続けてきた月子は、写真師・湊のもとへ嫁がされる。 雨で黒い煤が流れ、秘密が露わになっても、湊は彼女を拒まなかった。月子は写真館で働きながら、母の手紙や父の存在、叔母が隠してきた過去と向き合っていく。 見世物のように利用しようとする町の男にも屈せず、「何を見せるかは自分で決める」と声を上げる月子。隠された少女が、自分の姿と人生を取り戻す物語。時代|歴史|昭和2.9万字5 154 -
完結第12話
母に贈った家を狙う親戚夫婦
母への恩返しに建てた家へ帰ると、親戚夫婦が勝手に住み着き、食卓を囲んでいた。しかも二人は近所に「自分たちの新居だ」と触れ回り、家まで奪おうとしていた。 裕子は怒鳴らず、警備会社への一本の電話をきっかけに、入退室記録、録音、登記、映像を着実に集めていく。 これは家を取り戻すだけでなく、断れずに生きてきた母が初めて「ここは私の家です」と声を上げる物語。静かな反撃と、母娘が本当の安心を取り戻す再生の一篇。裡切られた|兄弟姉妹|裡の顔|親子関係|修羅場1.8万字5 2716 -
完結第16話
赤いガーベラと私の家
母の形見の絵を嫁に勝手に売られ、家事を当然のように押しつけられてきた50歳の愛子。限界を迎えた彼女は、母の保険金で購入した小さな家へ一人で移り住む。 ところが長男夫婦は、新居まで「実家」と決めつけ、家事をしてもらうつもりで強引に引っ越そうとする。愛子は荷物の受け取りを拒み、専門家の助言を得て、同居を認めない意思を書面ではっきり示す。 やがて母の絵は親切な購入者の手によって戻り、愛子は長男夫婦に「この家にあなたたちの部屋はない」と告げる。彼女が去った古い家では、夫も息子夫婦も、これまで愛子が背負っていた家事の重さを初めて知ることになる。兄弟姉妹|嫁姑|夫婦|相続|金銭問題1.6万字5 865 -
完結第18話
昭和38年、つなぐなと言われた救急電話
昭和38年、山間の電話交換所で働く澄子は、診療所から県立病院への緊急電話を受ける。重傷の17歳を救うための連絡だったが、主任は「その電話だけは絶対につなぐな」と命じた。 少年が亡くなった後、澄子の判断ミスとして処理されようとする。しかし記録を調べると、救急回線が止められていた時間にも、工事会社と本社、町役場の間では電話がつながっていた。時代|歴史|昭和|ミステリー2.3万字5 263 -
完結第20話
昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女
昭和34年、青森から集団就職列車で上京した15歳の澄子。しかし迎えの男は、「佐藤澄子は昨日から働いている」と告げ、十二人のうち彼女だけを駅に置き去りにする。 工場では、石川鈴という少女が澄子の名前と勤務番号を与えられていた。さらに偽造された退職届、説明のない給与控除、未発送の手紙など、少女たちを名前と番号で管理する不正が次々と明らかになる。時代|歴史|昭和2.8万字5 1185 -
完結第16話
昭和53年、棟梁が俺を毎晩残した理由
十五歳で大工に弟子入りした直人は、一年間、掃除と雑用ばかりの日々を送っていた。ところが昭和五十三年の春、厳格な棟梁・源造から突然、「今日から毎晩残れ」と命じられる。 鉋、墨付け、仕口、図面。三年かけて覚えるはずの技を急いで教え込まれる一方、棟梁の体は日に日に弱っていく。やがて直人は、夜の稽古が自分を酷使するためではなく、残された時間で技術を託すためだったと知る。 師のいない現場で家を完成させた直人に遺されたのは、「半人前」と書かれた道具箱。しかし、その紙の下には、棟梁が生涯口にしなかった本当の言葉が隠されていた。時代|歴史|昭和2.6万字5 285