"家族写真の左端" 第6話
伯父がをたことだけなら、そこまでするでしょうか」
部が静かになった。
きぬは障子の方へ目を向けた。
庭から、先で荷をろす者たちの声が聞こえてくる。
しばらくして、きぬが言った。
「宗吉はね」
声はそれまでよりかった。
「をたあとも、瀬と完全に縁を切ったわけではなかったんだよ」
清郎はを乗りした。
「どういうことですか」
「おがまだまれる、度このはなくなりかけた」
清郎は驚いた。
瀬糸は、昔から変わらず続いてきたとっていた。
「が……?」
「戦争のあとだった」
糸の相がきく揺れた期。
瀬は度、を畳む寸まで追い込まれた。
そしてその、を救った物がいた。
その名を、瀬の誰もいらなかった。
戦争の、糸をめぐる商いはきく揺れていた。
瀬も例ではなかった。
仕入れた繭と糸を抱えたまま、予定していた価格で売れなくなった。取引先の部からは支払いを急かされ、には苦しい空気が漂った。
「私はまだその頃のことを覚えているよ」
きぬは言った。
「朝から晩まで、男たちが帳で話し込んでいた」
源蔵はすでにを継いでいた。
宗吉がていった、父親から商売を叩き込まれ、ようやく自分のやり方でをかし始めた期だった。
それなのに、突然相が崩れた。
広告
倉には売れない庫が積みがっていく。
「このままではを畳むしかない」
そんな話までた。
源蔵は取引先を回った。
価格をげてもいいから引き取ってくれと頼んだ。
しかしどこも余裕がなかった。
「その、横浜の商社がうちの庫をまとめて買ってくれたんだよ」
「横浜の?」
「そう」
それまで瀬とい付きいがあった会社ではなかった。
突然、話がまとまった。
瀬が抱えていた糸をまとめて引き取る。
その条件も、を救うには分なものだった。
「父は、誰が話をつけたのからなかったんですか」
「昔からの取引先がに入ってくれたとっていた」
源蔵は、そう信じていた。
が危を乗り越えたも、その認識は変わらなかった。
ところが数。
別の取引に関する確認で、横浜の商社に残っていた古い帳簿を見る会があった。
そこに、当の取引について記録が残っていた。
瀬の糸をまとめて買い取るよういた物。
宗吉だった。
「伯父が?」
清郎はわず声をげた。
「を追いされたのに?」
「そうだよ」
宗吉は自分の名を瀬へ伝えなかった。
を求したわけでもない。
自分が仲介したことをらせるよう頼んだ形跡もなかった。
ただ横浜で得たつながりを使い、瀬の糸を売るためにいていた。
清郎は言葉を失った。
広告
自分ならどうするだろう。
からてけと言われた。
名をにすることさえ禁じられた。
弟が自分の代わりに跡取りになった。
それでも、そのが潰れそうになったに助けることができるだろうか。
「父が、そのことをったのはいつですか」
「宗吉がくなっただった」
源蔵は商社の古い記録を見て初めて、兄が瀬を助けていたことをった。
きぬはその、源蔵から帳簿の話を聞かされた。
「源蔵は何て?」
「何も」
「何も言わなかったんですか」
「しばらく黙っていた。それから、帳へ戻っていったよ」
その以も、宗吉の名がので語られることはなかった。
先代が作った決まりは、先代がくなったも残った。
をた男。
縁談を捨てた男。
の方針に背いた。
瀬の表向きの歴史では、宗吉はしないままだった。
「なぜです」
清郎はわず言った。
「そんなを、どうしてから消したままにしておくんですか」
きぬは静かに孫を見た。
「昔はね」
しを置いた。
「を守ることと、を守ることが、同じではないがあったんだよ」
清郎は黙った。
「宗吉を戻したいと私が言えば、先代は聞かなかった。源蔵がを継いだは、今度は源蔵が宗吉の代わりとしてを守っていた。簡単に昔へ戻れる話ではなかった」
「でも伯父は、を助けた」
「そうだね」
「それを誰もらない」
「そうだ」
「そんなの、おかしいです」
きぬは否定しなかった。
清郎の胸のでは、りにいものが膨らんでいた。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
七〇二号室の秘密
入籍12日目、初めて義実家を訪れた遥香は、豪華なすき焼きの陰で、義姉・真帆が水をかけた冷や飯だけを食べさせられている姿を目撃する。 真帆から託された住所を訪ねると、そこには夫・直樹がいた。彼は義姉の避難部屋を用意しながら、兄と母を恐れて救出を先延ばしにしていたのだ。兄弟姉妹|嫁姑|夫婦|真実|裡の顔|修羅場2.0万字5 219 -
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 285 -
完結第21話
昭和29年、棟梁が祝いの柱を割った理由
昭和二十九年、上棟式の朝。棟梁・源吉は、自ら建てた家の柱に異変を感じ、祝いの客の前で斧を振り下ろす。内部から現れたのは、黒く傷んだ木だった。 仕事も信用も失いかける中、娘が見つけた不自然な印と、材木置場の青年の証言から、粗悪材の印を改ざんして売る仕組みが明らかになる。しかし源吉自身も、十分に検品せず判を押していた。時代|歴史|昭和2.7万字5 167 -
完結第20話
桑の音が消えた村
昭和三十五年、信州の養蚕村で、蚕が一夜にして全滅する。唯一無事だったのは、昔ながらの方法にこだわり、村人から笑われていた七十八歳のトヨの蚕室だった。 疑いを向けられた祖母だったが、原因は共同散布された新しい薬剤にあった。しかも農事組合を率いる息子・慎造は、事前に危険性を知らされていた。時代|歴史|昭和2.5万字5 145 -
完結第20話
金色の髪を隠して嫁いだ私と、無口な写真師の約束
昭和四十二年。英国人の父から受け継いだ金色の髪を「家の恥」とされ、黒く染め続けてきた月子は、写真師・湊のもとへ嫁がされる。 雨で黒い煤が流れ、秘密が露わになっても、湊は彼女を拒まなかった。月子は写真館で働きながら、母の手紙や父の存在、叔母が隠してきた過去と向き合っていく。 見世物のように利用しようとする町の男にも屈せず、「何を見せるかは自分で決める」と声を上げる月子。隠された少女が、自分の姿と人生を取り戻す物語。時代|歴史|昭和2.9万字5 154 -
完結第12話
母に贈った家を狙う親戚夫婦
母への恩返しに建てた家へ帰ると、親戚夫婦が勝手に住み着き、食卓を囲んでいた。しかも二人は近所に「自分たちの新居だ」と触れ回り、家まで奪おうとしていた。 裕子は怒鳴らず、警備会社への一本の電話をきっかけに、入退室記録、録音、登記、映像を着実に集めていく。 これは家を取り戻すだけでなく、断れずに生きてきた母が初めて「ここは私の家です」と声を上げる物語。静かな反撃と、母娘が本当の安心を取り戻す再生の一篇。裡切られた|兄弟姉妹|裡の顔|親子関係|修羅場1.8万字5 2716 -
完結第16話
赤いガーベラと私の家
母の形見の絵を嫁に勝手に売られ、家事を当然のように押しつけられてきた50歳の愛子。限界を迎えた彼女は、母の保険金で購入した小さな家へ一人で移り住む。 ところが長男夫婦は、新居まで「実家」と決めつけ、家事をしてもらうつもりで強引に引っ越そうとする。愛子は荷物の受け取りを拒み、専門家の助言を得て、同居を認めない意思を書面ではっきり示す。 やがて母の絵は親切な購入者の手によって戻り、愛子は長男夫婦に「この家にあなたたちの部屋はない」と告げる。彼女が去った古い家では、夫も息子夫婦も、これまで愛子が背負っていた家事の重さを初めて知ることになる。兄弟姉妹|嫁姑|夫婦|相続|金銭問題1.6万字5 865 -
完結第18話
昭和38年、つなぐなと言われた救急電話
昭和38年、山間の電話交換所で働く澄子は、診療所から県立病院への緊急電話を受ける。重傷の17歳を救うための連絡だったが、主任は「その電話だけは絶対につなぐな」と命じた。 少年が亡くなった後、澄子の判断ミスとして処理されようとする。しかし記録を調べると、救急回線が止められていた時間にも、工事会社と本社、町役場の間では電話がつながっていた。時代|歴史|昭和|ミステリー2.3万字5 263 -
完結第20話
昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女
昭和34年、青森から集団就職列車で上京した15歳の澄子。しかし迎えの男は、「佐藤澄子は昨日から働いている」と告げ、十二人のうち彼女だけを駅に置き去りにする。 工場では、石川鈴という少女が澄子の名前と勤務番号を与えられていた。さらに偽造された退職届、説明のない給与控除、未発送の手紙など、少女たちを名前と番号で管理する不正が次々と明らかになる。時代|歴史|昭和2.8万字5 1185 -
完結第16話
昭和53年、棟梁が俺を毎晩残した理由
十五歳で大工に弟子入りした直人は、一年間、掃除と雑用ばかりの日々を送っていた。ところが昭和五十三年の春、厳格な棟梁・源造から突然、「今日から毎晩残れ」と命じられる。 鉋、墨付け、仕口、図面。三年かけて覚えるはずの技を急いで教え込まれる一方、棟梁の体は日に日に弱っていく。やがて直人は、夜の稽古が自分を酷使するためではなく、残された時間で技術を託すためだったと知る。 師のいない現場で家を完成させた直人に遺されたのは、「半人前」と書かれた道具箱。しかし、その紙の下には、棟梁が生涯口にしなかった本当の言葉が隠されていた。時代|歴史|昭和2.6万字5 285