みかん小説
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"「冷たい嫁」と書かれた分担表" 第7話

「夫婦なんだから、できる方がやればいいだろう」

「32、その言葉で私がやってきました。できる方ではなく、断ると責められる方がやってきたんです」

正志は分担表を丸めてごみ箱へ投げた。佐子はそれを拾わず、数からまとめていた鞄を寝から持ってきた。姉のくにさな賃貸宅を借り、仕事先へもそこから通う準備をしていた。

婚するつもりか」と正志は青ざめた。

「今は分居します。あなたが私を妻として必なのか、母親の介護をするとして必なのか、れて考えてください。私も考えます」

正志は、れば活費を渡さないと言った。佐子は共座の履歴、婚姻の財産資料、の記録をすでに理し、法律相談も受けていた。夫を脅すためではない。銭のことを正志へ任せきりにしていた自分の活を、初めて自分で確かめるためだった。

別居、志津から「息子を捨てた」と話が来た。次のには「今は来ないの」と尋ね、その翌には佐子を実の娘と違えた。佐子は週1回の訪問だけを続け、それ以の連絡は介護事業所と息子たちへ回した。

しい部には、卓と布団、さな本棚しかなかった。最初の夜、佐子は物音のなさに落ち着かず、正志の夕や翌の着替えを考えそうになった。

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それから、自分のためだけに湯を沸かし、好きな濃さの茶を入れた。誰かに許された自由ではなく、自分で守らなければすぐ元へ戻ってしまうだった。

には、額でも自分名義の座へが振り込まれた。佐子は価な物を買わず、通勤用の靴を選んだ。これまで靴底が減るのは、義母のと病院とスーパーを往復した証拠だった。しい靴は、自分が選んだ職へ向かうために履くものだった。

夫婦は宅ローンの返済条件をと相談し、学費には奨学を利用することになった。美穂は志津のから距を置き、ノートも持ち帰らなかった。謝罪はなかったが、産会社へ連絡することもなくなった。

方、正志は初めて母親の通院へ毎付き添うようになった。待で同じ質問を繰り返され、診察に薬の説を忘れられ、帰宅すれば「今病院へっていない」と言われた。佐子が経験してきたことを、ようやく自分のとして引き受け始めた。

3か、正志は佐子の部を訪ねた。謝るためだと言ったが、最初にた言葉は「俺も変だった」だった。

子はお茶をし、夫の話を最まで聞いた。以なら、その変さを減らす方法をすぐ考えただろう。今は何も提案しなかった。

変なのは分かります。

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でも、その変さは最初からしていました。あなたが見ない、私が持っていただけです」

正志は返す言葉を失った。

になる頃、志津は自宅での活を続けることが難しくなった。夜ようとし、鍋をにかけたことを忘れるようになった。奈央と医師は、規模能型居宅介護を利用しながら様子を見る案と、施設入所の案を族へ示した。

今度は息子2になって施設を見学した。正志は母親の希望を尋ね、浩は費用を比較した。佐子も度だけ同したが、決定を任されることは拒んだ。志津は数週の体験利用を経て、自宅からい介護付きのまいへ移ることを選んだ。

はすぐに売らず、半空けておくことになった。志津がしい活になじめなければ戻れるようにするためだった。その維持費も志津の預から支払われた。正志はもう、財産が減るとは言わなかった。

引っ越しの、志津は例のノートを佐子へ差しした。半には緒に蕗を煮たや、病院の帰りに喫茶へ寄ったかれ、半には佐子への疑いと、美穂が代した記録が入り混じっている。

「これ、捨てて」と志津は言った。

「お義母さんの物だから、私には捨てられません」

「悪いことがいてある」

「本当のことも、違ったこともいてあります。

どちらも今までの記録です」

志津はしばらく表を撫でたあと、ノートを自分の鞄へ戻した。謝罪の言葉はなかった。

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