"名札を戻せなかった夏" 第5話
澄だった。
胸には、何かもに交換したままになっていたい名札があった。
「桐美津子」
先は何も疑わなかった。
名札を見て、澄の方へ招きした。
澄も途で気づいた。
歩んだところでを止め、美津子を振り返った。
美津子も息をのんでいた。
違います。
そう言えばよかった。
私は桐美津子です。
その子は森澄です。
名札をふざけて交換しただけです。
それだけ言えば、全て元へ戻った。
澄もをきかけた。
だが、そのに伯母がづいた。
「美津子」
伯母は澄の肩へ両を置いた。
顔をじっと見た。
幼い頃に度しか会っていないため、本物かどうか顔だけでは分からなかった。
それでも胸の名札には確かに「桐美津子」とかれている。
伯母はそのまま澄を抱きしめた。
「よくきていてくれたね」
澄の体が固まった。
ほんの数秒だった。
次の瞬、澄は声で泣き始めた。
母親がくなった能性をらされてからも、で泣かなかった澄だった。
寺の布団のでも、声を押し殺していた。
その澄が、伯母の腕ので子どものように泣いていた。
いや、まだ10歳の子どもだった。
誰かに抱きしめてもらいたかったのだ。
「怖かったね」
伯母が背を撫でた。
「もう丈夫だからね。潟へ緒に帰ろう」
澄は泣きながら、美津子を見た。
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助けを求めるようでもあり、謝っているようでもあった。
美津子はけなかった。
自分にも族はいない。
両親がきているというらせは、結局まだ届いていない。
もしこの伯母と潟へかなければ、自分も戦災孤児としてどこかへ預けられるのかもしれない。
本当なら、あの腕のにいるのは自分だった。
「違います」
喉まで言葉ががってきた。
けれど声にならなかった。
澄には、本当に誰もいない。
父親はずっとにくなっている。
母親も、空襲でくなった能性がい。
美津子にはなくとも、こうして探しに来てくれる伯母がいる。
澄には、その伯母さえいない。
自分が名乗りれば、澄はまた1になる。
そのの夕方まで、美津子は何も言えなかった。
伯母は先と続きをめ、翌朝には澄を連れて潟へ向かうことになった。
夜になって、本堂のかりが消えた。
美津子は眠れなかった。
しばらくすると、布団の横にの気配がした。
澄だった。
「美津ちゃん」
美津子は起きがった。
澄は泣き腫らした顔でっていた。
「、本当のことを言う」
その声は震えていた。
「伯母さんにも先にも、全部言う。私、森澄だって」
美津子は黙っていた。
「だって、美津ちゃんの名だもん」
「……うん」
「美津ちゃんの伯母さんだもん」
美津子は膝を抱えた。
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では分かっていた。
それが正しい。
名札を戻して、美津子が伯母と潟へく。
澄は澄に戻る。
最初からそうなるはずだった。
けれど昼、伯母に抱かれて泣く澄の姿がかられなかった。
美津子はしばらく俯いていた。
そして顔をげた。
「言わなくていいよ」
澄の目がきくなった。
「え?」
「このままでいい」
「何言ってるの?」
「澄ちゃんが、美津子でいいよ」
澄は首を振った。
「駄目だよ。そんなの」
「いいの」
「でも、美津ちゃんの名だよ」
美津子は笑おうとした。
うまく笑えているか、自分でも分からなかった。
「名なんて、また作ればいい」
10歳の子どもが、それがどれほどい言葉なのか理解していたはずはなかった。
戸籍。
学の記録。
将来。
結婚。
族。
その名で積みねていく。
美津子には何つ像できていなかった。
ただ目ので、ようやく誰かに抱きしめてもらえた澄を、もう度1にしたくなかった。
澄は何度も「駄目だよ」と言った。
美津子はそのたびに「いいよ」と答えた。
やがて2とも泣いた。
「になったら、本当に戻せなくなるかもしれないよ」
澄が言った。
美津子はさく頷いた。
「うん」
「悔するかもしれない」
「分からない」
それが10歳の美津子に言える全てだった。
翌朝。
伯母はくから荷物をまとめ、発の準備をしていた。
「桐美津子」
と呼ばれた澄も、さな呂敷を抱えて寺の玄関にった。
本当の美津子は、しれた所からその姿を見ていた。
先は最まで何も気づかなかった。
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