みかん小説
本棚

"消えた嫁と浅すぎる墓" 第10話

女性はを置いた。

「豪華なじゃなくていいから」

「狭くてもいいから、自分で鍵を閉められる部が欲しいって」

は何も言えなかった。

すみ子が欲しかったものは、武田そのものではなかったのかもしれない。

数千万円。

財産。

事件だけを見れば、それらを巡る争いに見える。

もちろん彼女が松子の実印を無断で使ったことは許される為ではない。

しかし、彼女にとっては目そのものではなく、逃げるための段だったのだろう。

誰にも命令されない部

に扉をけられない

たいを浸しながら姑の嫌をうかがわなくていい活。

夫が朝帰りしても、事を用して待つ必のない夜。

それだけだった。

「こんなことになるなら」

女性は声を震わせた。

「私のに来ればよかったのに」

その言葉には、答えるはいない。

けれど、追い詰められているほど、

「助けて」

言が言えなくなることがある。

迷惑をかける。

笑われる。

りないと言われる。

自分にも悪いところがあるとわれる。

そんな恐怖が積みなるうちに、逃げがあることさえ見えなくなる。

すみ子もそうだったのかもしれない。

しばらくして女性は帰っていった。

だけが墓に残った。

太陽はへ傾き、墓全体を柔らかなに染めている。

広告

昔の武田の墓とはまるで違う。

もない。

暗い杉林もない。

誰かの棺がを塞ぐこともない。

がり、最に墓へ目を向けた。

その

が吹いた。

輪がさく揺れる。

ただそれだけだった。

けれどには、議とその景がいつまでもに残った。

事件が解決したからといって、失われたは戻らない。

が罰を受けても。

正雄が悔しても。

野が捜査の姿勢を変えても。

たちが過を悔やんでも。

すみ子がきるはずだった7も、その先のも取り戻すことはできない。

だからこそ、残されたにできることがあるとすれば。

次に似た声を聞いた、今度こそ聞き流さないことなのだろう。

族だから丈夫」

そう決めつけない。

「よその庭だから」

そう背を向けない。

誰かが何度も、

「平気です」

と笑っているほど、その言葉の奥を度だけ考えてみる。

それだけで救えるものがあるかもしれない。

は墓た。

夕暮れのをゆっくり歩く。

には、静かな墓が並んでいる。

すみ子の墓だけが特別なわけではない。

そこにはくのが眠り、それぞれに誰にも語られなかったがある。

その

武田すみ子。

38歳。

彼女の名は、かつて「した嫁」としてたちの記憶から消えかけていた。

7には「姑の墓のから見つかった女性」として騒がれた。

けれど、本当の彼女はそのどちらでもない。

よく笑い。

働き。

母親を切にし。

いつか自分の部で静かに暮らしたいと願った、の普通の女性だった。

そのことだけは。

事件の異様さよりもく、々の記憶に残らなければならない。

夕陽が沈む。

の向こうにく伸びていたも、しずつくなっていった。

そして夜が来ても。

翌朝になれば、または昇る。

かつて7の届かなかった所に眠っていたすみ子の墓にも。

今では毎朝、誰にも遮られることなくが届いていた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: