"姉の代わりに嫁いだ私" 第2話
その言葉を聞いた瞬、志津はほんのし救われたような気がした。
このだけは、姉のを利用していない。
なくとも、そうった。
しかし宗郎は、しばらく黙ったで言った。
「それでも、断ることはできません」
志津の胸のに浮かんだわずかな堵は、瞬で消えた。
「……そうですか」
結局、この男も同じだった。
に逆らえない。
商売を捨てられない。
姉がいなくなった穴へ、自分が入る。
それだけのことだった。
父は話をまとめるように言った。
「千代の喪がけたら、正式に取りを決める」
「私はまだ、承していません」
「いずれ分かる」
「何がですか」
父は志津を見た。
「を持つということだ」
その言葉を聞いた、志津は初めて自分のがひどくきな檻のようにえた。
まれたから暮らしてきた松。
姉と笑いった座敷。
母に着付けを教えてもらった奥の。
その全てが、自分をへさないための壁に見えた。
それから数か、志津は宗郎と祝言を挙げた。
華やかな式ではなかった。
姉のからそれほどが経っていないこともあり、親戚のには縁談そのものをくわない者もいた。
「妹が姉の婿を取ったそうや」
「松も相当困っとるらしい」
そんな囁き声が、志津のにも届いた。
聞こえないふりをした。
何を言われても、今さら何かを変えられるわけではなかった。
広告
祝言の、志津は鏡ので無垢姿の自分を見つめた。
鏡のにいるのは、18歳の自分だった。
けれど志津には、そこに自分ではなく姉のがなって見えた。
本来なら、この装を着るはずだったのは千代だった。
本来なら、隣に座る宗郎の妻になるのも千代だった。
自分はその空いた所へ押し込まれただけだ。
「志津」
父に呼ばれ、志津は鏡から目を逸らした。
「今は余計なことを考えるな」
「余計なことって何ですか」
「もう決まったことだ」
父はそれだけ言ってちった。
式が終わり、宗郎は松へ入った。
婿というだったが、の者たちはすぐに「若旦」と呼び始めた。
志津は「若奥さん」と呼ばれた。
その呼び方が、ひどく事のように聞こえた。
夫婦になったとはいえ、2のには最初からきな距があった。
宗郎は必以に志津へづこうとしなかった。
志津もまた、夫として接するつもりはなかった。
同じにみ、同じ卓につき、夜になれば同じ根ので眠る。それでも2の会話は、用件だけで終わった。
「は榊原のへきます」
「そうですか」
「夕方には戻ります」
「分かりました」
それだけだった。
志津にとって、最も苦しかったのは宗郎との関係ではなかった。
の者たちだった。
ある、古くからの得客が訪れたのことだった。
広告
志津は父に言われ、座敷へ茶を運んだ。
客が帰った、配の女が何気なく言った。
「千代さんなら、お茶菓子までちゃんとお客様のお好みを覚えてはりましたなあ」
悪があったわけではない。
それが余計につらかった。
別の、志津が先に飾る反物を選んでいると、番が言った。
「千代さんは、もうし落ち着いたを好まれました」
着物の好み。
客への挨拶。
座敷での座り方。
帳のを歩くの姿勢。
何をしても姉と比べられた。
姉はんだ。
んだは、失敗をしない。
欠点も増えない。
周囲の記憶ので、千代はどんどん美しく、派な娘になっていった。
それに比べ、志津はきている。
腹もてる。
違える。
言い返す。
毎、姉に負け続けているような気がした。
あるの夕で、志津は箸を置いた。
宗郎は向かいで静かに事をしていた。
「あなたもっているんでしょう」
宗郎が顔をげた。
「何をですか」
「姉さんの方がよかったって」
宗郎は答えなかった。
志津はその沈黙に苛った。
「みんな言います。千代さんならこうした、千代さんならああしたって。あなたも同じでしょう」
「同じではありません」
「どう違うんですか」
宗郎はし考えてから言った。
「千代さんと、あなたは違うです」
「そんなことは分かっています」
「だから比べていません」
志津は宗郎の顔を見た。
それまでまともに目をわせることすら避けてきた相だった。
「本当に?」
広告
おすすめ作品
-
完結第22話
大正十四年、卒業式で制服を脱いだ三十七人――母の署名に隠された秘密
大正十四年、信州の私立女学校。卒業を控えた小林操は、式服の代金を払えない七人の同級生が、記念写真から外されると知る。卒業式当日、三十七人の少女たちは一斉に紺色の上衣を脱ぎ、学校の決定に抗議した。しかし校長は卒業証書の交付を拒否。さらに、式服を仕立てた十二人の女性たちにも賃金が支払われていないことが明らかになる。しかも、学校の注文が取り消された場合の弁償書には、操の母の署名があった。友人を守るための行動が、なぜ母たちの暮らしを脅かすことになったのか。時代|歴史|昭和3.0万字5 71 -
完結第22話
消えた十一丁の鍬
昭和十七年、山形県の小さな山村。金属回収が進むなか、老鍛冶屋の徳兵衛は、村人から預かった二十七丁の鍬を納屋に隠し、「一丁も渡さん」と言い張った。父の頑固さに反発する息子・信一は、持ち主へ農具を返すため、一丁ずつ修理の予定を立て始める。ところが翌朝、十一丁の鍬から鉄の刃だけが消えていた。父が密かに作っていたのは、村の水門を守るための金具だった。しかし、その水門には誰も知らない危険が隠されていた。時代|歴史|昭和2.8万字5 69 -
完結第23話
昭和53年、満員の始発を止めた運転手――その後、坂道で起きた悲劇
昭和53年7月30日。沖縄の交通が右側通行から左側通行へ切り替わった朝、55歳のバス運転手・新垣清徳は、32人の乗客を前に始発の発車を拒んだ。用意された旧型バスは、乗降口が車道側に開く危険な車両だったのだ。しかし欠便を恐れる主任は、若い運転手にその車を出すよう命じてしまう。やがて坂下から届いたのは、一人の少年が負傷したという知らせ。なぜ危険だと分かっていたバスが走ったのか。清徳は息子や同僚たちとともに、事故の責任と、誰も気づかなかった道路の危険に向き合っていく。職場逆転|時代|歴史|昭和|裡の顔3.0万字5 87 -
完結第20話
昭和19年、三十二人が夕飯を拒んだ理由
昭和十九年、信州の寺に集団疎開した子どもたちが、ある晩、いっせいに箸を置いた。「一人だけ、まだ食べていません」。病に伏せる少女・妙子の食事を案じた十二歳の正雄は、食卓に並ぶ膳の数に奇妙な違和感を覚える。やがて納屋の柱に刻まれた米俵の数、届かない食糧、教師の印が押された受領書が浮かび上がる。さらに役場の名簿には、寺で暮らす八人の子どもが翌月から消されることになっていた。誰が、何のために食糧と子どもたちの名前を動かしているのか。時代|歴史|昭和|真実|真相2.8万字5 140 -
完結第22話
空の米びつと一合の嘘
昭和二十三年、大阪の小さな米屋で、女将のフミが配給米を一合ずつ少なく渡しているという噂が広まった。怒った住民たちが店へ押しかけ、米を隠しているはずの台所を調べると、そこにあったのは空っぽの米びつと薄い麦粥だけだった。なぜ客の米を減らしながら、自分の子どもにさえ白いご飯を食べさせられないのか。母の沈黙を不審に思った長男・勇一は、配給帳と運送記録を調べ始める。やがて浮かび上がったのは、途中で姿を消す米袋、受け取っていないのに押された印、そして二年前に亡くなった父の署名だった。時代|歴史|昭和|兄弟姉妹2.8万字5 146