「母ちゃんが、闇米を買っています」 昭和24年、14歳の正夫は、自分の母を交番へ突き出した。 父を戦争で亡くし、幼い弟妹を抱えながら必死に働く母。けれど正夫は、学校で教えられた「闇取引は悪いこと」という言葉を信じていた。 翌日、警察が家に来た。米袋を調べられ、母は事情を聞かれることになる。玄関で泣きじゃくる妹。母の袖をつかむ幼い弟。そして、最後に正夫を見つめた母は、怒鳴ることも責めることもなく、ただ一言だけ残した。 「弟たちを頼むね」 その夜、台所には食べ物がほとんど残っていなかった。 正しいことをしたはずなのに、なぜ家族は泣いているのか。 空腹の夜を越えた正夫は、初めて気づくことになる。 自分が守った「正しさ」は、誰を救い、誰を傷つけたのか――。