"2本のさつま芋" 第4話
「先が、取引は悪いって言ったから」
それでも野先はすぐには答えなかった。
正夫は待った。
「よく言った」
「正しいことをした」
そんな言葉を期待していた。
しかし先がにしたのは、
「そうか」
その言だけだった。
正夫の胸に、さな失望が広がった。
先は褒めてくれなかった。
だからといって叱りもしなかった。
のを見回し、台所の方へ歩いていった。
「今は何かべたか」
正夫は黙った。
先は戸棚を見た。
そして何もないことに気づいた。
その顔に浮かんだ表を、正夫はうまく説できなかった。
驚きでも、りでもない。
ただ、とても困っているように見えた。
野先は、そのくにはいなかった。
弟たちへ何度か声をかけ、正夫にも必なことだけを尋ねると、度帰っていった。
正夫は、先も困ったのだろうとった。
自分が何をしたのかって、どう対応すればいいのか分からなくなったのかもしれない。
夕方が暗くなり始めた頃、先はもう度やって来た。
にはさな包みを持っていた。
「これを使いなさい」
台所へ置かれた包みをくと、さつま芋が入っていた。
弟たちの顔がるくなった。
正夫は芋を見つめた。
昨から、自分のに同じ疑問が何度も浮かんでいた。
これはどこから来たべ物なのか。
配なのか。
決まりを守ってに入れたものなのか。
広告
正夫は先を見た。
「これもですか」
野先は首を振った。
「実で作った芋だ」
正夫はしした。
決まりに反したものではない。
それならべてもいい。
そんなふうに考えてしまった自分が、し嫌になった。
先は帰ろうとした。
玄関までき、そこでを止めた。
正夫を振り返った。
「正夫」
「はい」
野先はしばらく黙っていた。
言葉を選んでいるようだった。
「決まりを守ることは切だ」
正夫は頷いた。
それはっている。
その言葉を信じたからこそ、自分は交番へったのだ。
しかし先は続けた。
「でも、決まりを守っているが、いつも正しいとは限らない」
正夫はが分からなかった。
「どういうことですか」
先はすぐには説しなかった。
正夫ののへ目をやった。
弟たちは芋を見ている。
妹もその横にいた。
「じゃあ母ちゃんは悪くないんですか」
正夫は聞いた。
それをりたかった。
悪いのか。
悪くないのか。
自分は正しかったのか。
違っていたのか。
14歳の正夫には、どちらかでなければならなかった。
ところが野先は答えなかった。
しばらくして、静かに言った。
「それも、簡単には言えない」
正夫はますます混乱した。
「でも先は学で、取引はいけないって」
「言った」
「だったら母ちゃんは悪いでしょう」
「決まりに反したというでは、そうだ」
広告
「じゃあ僕は正しいでしょう」
野先は何も言わなかった。
その沈黙が、正夫には番苦しかった。
なら答えをっているとっていた。
先なら、何が正しくて何が違っているかを教えてくれるとっていた。
学とは、そういう所だとっていた。
けれど野先にも、はっきりした答えがなかった。
そのことの方が、正夫には衝撃だった。
先は帰っていった。
には、先が置いていった芋が残った。
正夫はそれを弟たちへ分けた。
今度は自分もしべた。
のに甘さが広がった。
空腹だったはずなのに、なぜかべるのが苦しかった。
母が農から持ち帰った芋と、先が実から持ってきた芋。
見た目はほとんど同じだった。
もきっと同じだ。
けれど片方は決まりに反し、片方はそうではない。
正夫は芋を見ながら考えた。
べるの腹の減り方は同じなのに、べ物へたどり着くまでのによって、正しいか違いかが決まる。
そのことを、では理解できた。
けれど、弟の顔を見ると分からなくなった。
5歳の弟は何もらない。
配も法律も取引もらない。
ただ腹が減ったと言う。
母は、その弟へべさせるために米を買った。
それでも母は悪いのか。
なら、昨の夜に弟が何もべられなかったことは正しいのか。
正夫は布団に入ったも考え続けた。
だが答えはなかった。
学の教科には、答えがいてあるようにえた。
広告
おすすめ作品
-
完結第22話
大正十四年、卒業式で制服を脱いだ三十七人――母の署名に隠された秘密
大正十四年、信州の私立女学校。卒業を控えた小林操は、式服の代金を払えない七人の同級生が、記念写真から外されると知る。卒業式当日、三十七人の少女たちは一斉に紺色の上衣を脱ぎ、学校の決定に抗議した。しかし校長は卒業証書の交付を拒否。さらに、式服を仕立てた十二人の女性たちにも賃金が支払われていないことが明らかになる。しかも、学校の注文が取り消された場合の弁償書には、操の母の署名があった。友人を守るための行動が、なぜ母たちの暮らしを脅かすことになったのか。時代|歴史|昭和3.0万字5 12 -
完結第22話
消えた十一丁の鍬
昭和十七年、山形県の小さな山村。金属回収が進むなか、老鍛冶屋の徳兵衛は、村人から預かった二十七丁の鍬を納屋に隠し、「一丁も渡さん」と言い張った。父の頑固さに反発する息子・信一は、持ち主へ農具を返すため、一丁ずつ修理の予定を立て始める。ところが翌朝、十一丁の鍬から鉄の刃だけが消えていた。父が密かに作っていたのは、村の水門を守るための金具だった。しかし、その水門には誰も知らない危険が隠されていた。時代|歴史|昭和2.8万字5 14 -
完結第23話
昭和53年、満員の始発を止めた運転手――その後、坂道で起きた悲劇
昭和53年7月30日。沖縄の交通が右側通行から左側通行へ切り替わった朝、55歳のバス運転手・新垣清徳は、32人の乗客を前に始発の発車を拒んだ。用意された旧型バスは、乗降口が車道側に開く危険な車両だったのだ。しかし欠便を恐れる主任は、若い運転手にその車を出すよう命じてしまう。やがて坂下から届いたのは、一人の少年が負傷したという知らせ。なぜ危険だと分かっていたバスが走ったのか。清徳は息子や同僚たちとともに、事故の責任と、誰も気づかなかった道路の危険に向き合っていく。職場逆転|時代|歴史|昭和|裡の顔3.0万字5 32 -
完結第20話
昭和19年、三十二人が夕飯を拒んだ理由
昭和十九年、信州の寺に集団疎開した子どもたちが、ある晩、いっせいに箸を置いた。「一人だけ、まだ食べていません」。病に伏せる少女・妙子の食事を案じた十二歳の正雄は、食卓に並ぶ膳の数に奇妙な違和感を覚える。やがて納屋の柱に刻まれた米俵の数、届かない食糧、教師の印が押された受領書が浮かび上がる。さらに役場の名簿には、寺で暮らす八人の子どもが翌月から消されることになっていた。誰が、何のために食糧と子どもたちの名前を動かしているのか。時代|歴史|昭和|真実|真相2.8万字5 116 -
完結第22話
空の米びつと一合の嘘
昭和二十三年、大阪の小さな米屋で、女将のフミが配給米を一合ずつ少なく渡しているという噂が広まった。怒った住民たちが店へ押しかけ、米を隠しているはずの台所を調べると、そこにあったのは空っぽの米びつと薄い麦粥だけだった。なぜ客の米を減らしながら、自分の子どもにさえ白いご飯を食べさせられないのか。母の沈黙を不審に思った長男・勇一は、配給帳と運送記録を調べ始める。やがて浮かび上がったのは、途中で姿を消す米袋、受け取っていないのに押された印、そして二年前に亡くなった父の署名だった。時代|歴史|昭和|兄弟姉妹2.8万字5 95