"帰った家に、知らない親子がいた" 第10話
そしてがなくなっていたこと。
息子は途から何も質問しなくなった。
話を聞き終えると、しばらく焦げた表札を見ていた。
「その菊さんとは、そのどうなったの?」
「く緒に暮らしたよ」
「族みたいに?」
正はし笑った。
「族って言葉は、あの頃は使わなかったな」
菊を母とは呼ばなかった。
菊も息子扱いはしなかった。
それでも腹が減れば同じ鍋を囲んだ。
正がをせば菊が病した。
千鶴が泣けば正が迎えにった。
「じゃあ族じゃん」
息子が言った。
正は返事をしなかった。
代わりに、焦げた「佐野」の文字を見た。
自分はい、とは建物のことだとっていた。
父と母と暮らした。
空襲で焼けた。
疎先から戻れば、そこへ帰れると信じていた。
しかし戦争は、それを簡単に消した。
所は残った。
正も覚えていた。
それでも、そこに父母はいなかった。
茶のもなかった。
自分の布団もなかった。
だから11歳の正は、自分のがなくなったとった。
何も経ってから、し違うことに気づいた。
母が最に何をしたのか。
自分の命が危ないで、らない母娘を助けた。
息子から届いた葉を缶へ入れた。
表札をした。
そして「正が帰ってくる」とへ託した。
菊は、その表札を捨てなかった。
自分もを失い、きるだけで精いっぱいだったのに、正が戻ってくるかもしれない所で保管していた。
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「父さん」
息子が言った。
「がなくなるって、どんなじだった?」
正はし考えた。
簡単には答えられなかった。
建物がなくなるだけなら、になったで何度も見た。
古いを壊し、しいを建てる。
それは珍しいことではない。
けれど、自分が経験したのはし違った。
「がなくなるっていうのはな」
正はゆっくり言った。
「建物が焼けることだけじゃないんだ」
息子がこちらを見る。
「所が残ってても、帰るがいなければ、そこは昔のじゃない」
正は度言葉を切った。
「でも、建物がなくても、おが帰ってくるとってたって言ってくれるが1いたら、そこを帰る所だとえることもある」
息子は何も言わなかった。
正は表札を箱へ戻した。
昭19。
母は疎する息子へ言った。
「戦争が終わったら、またここへ帰ってくるんだから」
その約束通りのへ、正は度と戻れなかった。
父が聞を読んでいた部もない。
母が事を作った台所もない。
朝顔の鉢もない。
父と母の消息も、最まで確かなものは分からなかった。
それでも正は帰った。
母が最まで守ろうとした所へ。
そして、焦げた表札を預かり、自分の名を覚えていてくれたのところへ。
戦争が奪ったものは、だけではなかった。
町並み。
族。
所の。
昨の続きがもあるという、ごく普通の。
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疎した子どもたちのには、正のように帰る所そのものを失った者もいた。
戦争が終わった、子どもたちは「帰れる」とんだ。
だが帰った先で待っていたのが、元の暮らしとは限らなかった。
誰も迎えに来ない駅。
焼けた町。
消えた。
らないが暮らす所。
それでも々は、その焼け跡で暮らしを始めた。
拾った板を壁にした。
トタンを根にした。
りない飯を分けた。
らない者同士が、同じ鉢を囲んだ。
正がになってから何もを建て続けた理由を、本にも完全には説できなかった。
ただ、何もないへ柱がつ瞬が好きだった。
そこに根がかかる。
窓ができる。
誰かが「ただいま」と言える所になる。
その景を見るたび、正はのどこかで、昭20の焼け跡を見ていたのかもしれない。
もう昔と同じを取り戻すことはできない。
失ったも戻らない。
けれど、しい帰る所を作ることはできる。
何。
焦げた表札には、今も「佐野」という文字が残っていた。
それはもう、の入へ掛けるためのものではなかった。
正にとっては、11歳のが戦争を越え、所だけを頼りに戻ってきた証だった。
そして、とは何なのかを初めてった所の記憶でもあった。
母は正へ、「何があっても帰ってきなさい」
とは言わなかった。
ただ、戦争が終わればここへ戻れると言った。
父は所を覚えた息子のを撫で、
「それなら何があっても帰ってこられる」
と笑った。
2が像していた形とは違った。
それでも正は、本当に帰ってきた。
焼け跡へ。
母の最の言葉が残る所へ。
そして、そこからもう度、自分のを始めたのだった。
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