"消えた神童、10年後の手紙" 第11話
紐は昔のまま固くなっていた。
24センチ。
平成131013。
あの、玄関の聞のから消えた、本当に陸が履いていた方のスパイクだった。
父が息子と緒に持たせた。
辺のいバンへ置かれた偽物ではない。
陸とともにドイツへ渡り、10残されていた。
ゆみ子は膝のへ置いた。
敷を覗いた。
滲んだ黒い字が、まだ読めた。
陸。
ゆみ子は袖でを拭こうとした。
途でを止めた。
剛が毎晩していたように、指の腹で革の表面をそっと撫でた。
浦誠は殺罪で起訴された。
裁判は平成2311に始まり、翌平成243に判決が言い渡された。
懲役14。
法廷で浦はくを語らなかった。
最の陳述で、1つだけ頼んだ。
「剛の帳を、遺族に返してやってください」
「あれは、あいつが2かけていたものです」
事故の隠蔽については、すでに刑事責任を問えない部分もあった。
しかし帳の内容は公になった。
会社は記者会見をいた。
平成118の事故が実際には労働災害だったこと。
報告内容がき換えられていたこと。
会社はそれを認め、をげた。
事故でくなったカルロスの遺族にも、正式な謝罪と補償がわれた。
くなってから12。
あまりにも遅い謝罪だった。
そのの11。
ブラジルからレオが来した。
事故に関する続きのため、遺族として招かれたのだった。
広告
20歳を過ぎたレオは陸よりし背がく、肩幅が広かった。
2は川の川敷で再会した。
本語。
ドイツ語。
ポルトガル語。
互いに分話せる共通の言葉はなかった。
最初は何を言えばいいか分からず、顔を見ているだけだった。
やがて陸がボールを持ってきた。
2はのグラウンドでボールを蹴った。
子供の頃のように。
言葉がなくても、それだけでよかった。
帰る。
レオが突然、自分のシューズを片方脱いだ。
陸へ差しした。
陸は瞬見つめ、それから笑った。
自分も片方を脱いで渡した。
片だけ違う靴を履いた2は、笑いながらをがっていった。
団で緒だった頃。
父親を失いブラジルへ帰る直。
2がふざけてやったことと同じだった。
1113。
曜。
午8半。
川の川敷では、いつものように団の子供たちがトンボを引いていた。
ゴールポストの根元は錆びている。
ネットには補修した跡があった。
い、浦が誰にも言わず直し続けていたものだった。
そのからは、団の父親たちが交代でを刈るようになった。
グラウンドの隅には折り畳みの机。
そのにきな黄いヤカン。
コップの束。
そのの麦茶当番は、ゆみ子だった。
10ぶりだった。
休憩の笛が鳴った。
子供たちが砂を巻きげながらってくる。
広告
コップを取りう子。
麦茶をこぼして母親に叱られる子。
の分までこっそりもうとして笑われる子。
昔とほとんど変わらなかった。
ゆみ子は麦茶を配りながら、々顔をげた。
フェンスの。
しれたのに、青が1っていた。
陸だった。
へは入らない。
ただ黙ってグラウンドを見ている。
そこは昔、剛が作業着のままっていた所だった。
陸の脇には青い自転がめてあった。
10、県営宅の駐輪の番奥で埃をかぶっていた自転。
陸がタイヤへ空気を入れ、鎖へ油を差し、自分で直した。
10歳のにわせていたサドルは、番いところまでげられていた。
が吹いた。
稲刈りを終えた田んぼの匂いが、川の向こうから流れてきた。
ゆみ子はコップを1つ余分に取った。
黄いヤカンを持ちげた。
麦茶を注いだ。
それを机の端へ置いた。
誰のためなのかは言わなかった。
陸が気づいた。
くからさく笑った。
やがて休憩終の笛が鳴った。
子供たちが再びグラウンドへ散っていく。
陸はフェンスのにったまま、その姿を見ていた。
父がそうしていたように。
ゆみ子は空になったコップを片づけながら、々息子を見る。
10。
父親は息子を連れにした男と呼ばれた。
母親はその妻として町を追われた。
息子はドイツで、母は病気なのだと信じて成した。
本当は、父親は息子だけでも守ろうとしていた。
その父を殺した男は、10すぐくで罪悪を抱えながら、を刈り、ネットを直し、3万円入りの封筒を送り続けていた。
真実は1つだった。
だがらないまま過ごした10は、それぞれに全く違う形をしていた。
取り戻せないものはかった。
剛は帰らない。
陸の10歳から20歳までのを、ゆみ子が見ることもできなかった。
ゆみ子が1で耐えた10を、陸が消してやることもできない。
それでも、もう待つ必はなかった。
帰ってこない息子の分までカレーをよそう必もない。
話が鳴ることを怖がる必もない。
辺に残された片方のスパイクを見て、あの子はの底にいるのだとう必もない。
グラウンドでは子供たちの声が響いていた。
いの差しが、のを柔らかくしていた。
ゆみ子は机の端に置いたコップへ目をやった。
しして、陸がフェンスのから歩いてきた。
コップを取った。
んだ。
昔のを確かめるように、しばらくので止めた。
それから母を見た。
ゆみ子は何も尋ねなかった。
陸も何も言わなかった。
10と同じ麦茶だった。
そしてその、桂町の景は、ゆみ子の目にほんのしだけ穏やかに見えていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
病院へ行かない黒い車
「健一が事故に遭ったの。危篤よ。すぐ病院へ向かいなさい!」 義母からの電話を受けた由美子は、夫の安否を案じ、家の前に用意されていた黒いハイヤーへ飛び乗った。 しかし車は、病院とはまったく違う方向へ走り出す。やがて連れて行かれたのは、電波も届かない山奥の古びた宿だった。 問い詰める由美子に、運転手は申し訳なさそうに告げる。 「すみません……指示どおりです」 夫の事故、義母の悲鳴、そして病院へ向かうはずだった車。すべては、由美子を家から遠ざけるために仕組まれた罠だった。 その裏で、夫と義母は何を終わらせようとしていたのか。 25年間、黙って耐えてきた妻が、たった一言から家族の嘘を暴き始める――。因果応報|夫婦|真相1.7万字5 191 -
完結第13話
離婚後に生まれた息子
10年間の不妊治療の末、「子供もできなかった」と姑に責められ、夫・健一から離婚を告げられた38歳の由美。ところが離婚から2週間後、最後に受けた治療が実っていたことが判明する。由美は悩んだ末、元夫には知らせず、実家で1人の男の子を出産した。それから1か月。離婚から10か月後のある日、玄関に現れたのは健一と、彼が再婚する28歳の美香だった。「来月、結婚式をするんだ」と招待状を差し出そうとした健一。しかし、由美の腕に抱かれた赤ん坊を見た瞬間、その笑顔が消える。「その子……まさか俺の?」。10年間「子供を産めない妻」と責められ続けた由美の人生が、そこから大きく動き始める。夫婦|真相|修羅場2.0万字5 4198 -
完結第10話
清掃員が書いた設計図
倒産寸前の小さな町工場に、1人の若い清掃員がいた。 佐藤ゆい、21歳。学歴は中卒。従業員たちからは名前で呼ばれることもなく、ただ雑用係として扱われていた。 そんなある日、大企業から依頼された精密部品がすべて不良品となり、工場は2000万円の違約金を突きつけられる。誰もが技術不足だと責められ、工場長の竹夫も廃業を覚悟しかけていた。 その時、ずっと黙っていたゆいが静かに口を開く。 「設計が間違っています」 中卒の清掃員が、大企業の研究所の図面に誤りがあると言い出した――。 誰も信じなかったその言葉が、やがて町工場の運命を大きく変えていく。履歴書には書けなかった彼女の本当の力とは。人生逆転|真相1.4万字5 345 -
完結第12話
ただいまの裏にあった10年
1985年8月15日、新潟県長岡市で、23歳の佐藤健一はいつものように工場を出たまま姿を消した。 自転車も、持ち物も、行き先も分からない。両親の誠とかず子は必死に息子を捜し続けたが、手掛かりは何ひとつ見つからなかった。 それから2年後、痩せ細った1人の男が佐藤家の玄関に立つ。 「ただいま」 失われた息子が帰ってきた――そう信じた両親は、彼を再び家族として迎え入れる。記憶を失っていても、生きて戻ってくれたならそれでいい。そう思いながら、佐藤家は少しずつ穏やかな日々を取り戻していった。 しかし10年後、差出人不明の小包が届く。 中に入っていたのは、小さな遺骨と、父が本物の健一に贈ったはずの腕時計。そして一枚の紙には、こう書かれていた。 「本物の息子さんをお返しします」 8年間、家族として暮らしてきた男は誰だったのか。 そして本物の健一は、あの日どこで何を奪われたのか。 失踪、偽りの帰還、そして名前を越えて残った家族の形を描く物語。ミステリー|行方不明1.7万字5 276 -
完結第12話
消えた妻と13本のテープ
1997年10月、島根の山あいの町で、32歳の主婦・松本千鶴が同窓会へ向かったまま姿を消した。 夫は「昔の男と逃げたのではないか」と語り、届け出は3日遅れた。会場に千鶴が来ていたかどうかも証言は食い違い、唯一の手がかりだった防犯映像はすでに上書きされていた。 母に捨てられた娘として成長した栞。だが、千鶴を忘れられなかった人物がもう1人いた。かつての担任教師・川井は、毎年10月4日になると、存在しない住所からラジオ局へ同じ曲をリクエストし続けていた。 そして13年後、孤独死した川井の遺品から、1997年から2009年までの年号が書かれた13本のカセットテープが見つかる。 そこに残されていたのは、千鶴が消えた夜を知る男の、あまりにも遅すぎる告白だった。 同窓会の夜、千鶴は本当にどこへ向かったのか。なぜ元担任は13年間も沈黙したのか。 「母は私を捨てたのではない」――娘がその真実に辿り着くまでの、13年越しの記録。ミステリー|真相1.8万字5 50 -
完結第10話
消えた嫁と浅すぎる墓
1993年正月、青森の山あいの村で、武田家の嫁・すみ子が墓参りの後に姿を消した。 夫は「家出した」と届け出たが、財布も行き先もはっきりせず、すみ子の消息はそのまま途絶えた。嫁姑の不仲、夫の無関心、そして雪深い村に残された小さな違和感――しかし当時、誰もそれを深く追おうとはしなかった。 それから7年後。 道路拡張工事で古い共同墓地を移すことになり、すでに亡くなっていた姑・松子の墓が掘り返される。ところが、棺のさらに下から見つかったのは、そこにあるはずのないもう一人の骨だった。 花柄の着物、頭に残された不自然な傷、そして7年前に「墓を深く掘らないで」と叫んだ娘の記憶。 正月の雪山で、武田家の女たちに何が起きたのか。 家族という名の密室に封じられていた真実が、7年越しに土の中から姿を現す――。ミステリー|真相1.5万字5 130 -
完結第8話
サービスエリアで消えた三人
大型サービスエリアで、36歳の母親と9歳の息子、6歳の娘が突然姿を消した。残された夫・修一はテレビに出演し続け、「妻と子供たちを見かけた人は連絡してください」と14年間訴え続けた。世間は彼を、家族の帰りを信じて待つ父親として記憶していた。ところが事件から14年後、100キロ近く離れた古い貸倉庫の床下から黒い旅行鞄が発見される。中に入っていたのは、失踪した妻の財布と、息子が旅行当日に履いていた片方のスニーカー。そして、その倉庫の過去を調べると、夫がかつて関係を持っていた女性の名前が浮かび上がる。14年間誰も疑わなかった「3人はサービスエリアで消えた」という前提が、そこから静かに崩れ始める。ミステリー|真相|遺體発見|行方不明1.1万字5 200