"米はあるのに、田を売った" 第1話
治6の、信州のさなに、県から役がやって来た。の庄から「と税について事な話がある」と触れが回り、百姓たちは昼過ぎから寺の本堂へ集められた。稲刈りを終えたばかりで忙しい期だったが、役所からの命令とあっては誰も無するわけにはいかなかった。
42歳の農民・源蔵も、のついたを井戸端で洗ってから本堂へ入った。畳のには隣の農が何も座り、正面には見慣れない束と帳面が置かれていた。役の隣では役が緊張した顔で背筋を伸ばしており、普段の寄りいとはらかに空気が違っていた。
説は、の持ち主を確にし、その証として「券」というものを発するという話から始まった。源蔵にとって、自分が祖父の代から耕してきた田は、わざわざ誰のものかにかなければ分からないようなものではなかった。の誰もが「あそこは源蔵のの田だ」とっており、それで何も困ったことはなかったからである。
ところが役は、そのつつに値段を定め、その値段を基準に税を取るのだと言った。これまでのように、取れた米の部を貢として差しすのではなく、今はの所者が決められた額をで納める。それを聞いた瞬、本堂のあちこちからさな声ががった。
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隣に座っていた60を過ぎた農民が、恐る恐るをげた。
「米では、いけないのでございますか」
役は迷いなく答えた。
「原則として、で納めてもらいます」
本堂が気にざわついた。別の農民が「しかし、わしらが作っているのは米ですよ」と声をげると、役は当然のことを説するように「米を売ってに換えればよいのです」と言った。その答えを聞き、何かの若い百姓は互いに顔を見わせた、「何だ、それなら同じようなものじゃないか」と笑った。
源蔵も、そのはさほど刻には考えなかった。米なら毎作っており、になれば蔵へ積まれるのだから、必な分だけ町で売ればになる。これまで役所へ渡していた米を商へ売り、そのを役所へ納めるだけなら、やることがし変わるだけだとったのである。
源蔵のには、から流れる用を引いた3反余りの田があった。平の広い農に比べれば決してくはないが、祖父の代からを拾い、畦を直し、を掘ってしずつえてきただった。その田があるからこそ、源蔵はきな借もせず、飢えることもなく暮らしてこられた。
妻のトヨは39歳で、朝から晩まで畑仕事と事をこなしていた。男の庄吉は18歳になり、もう父とほぼ同じだけ田仕事ができる。15歳のお糸は裁縫が得で、8歳の太はまだ学より川遊びの方が好きな頃だった。
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になると族総で稲を刈り、束ね、干し、脱穀する。米俵が蔵へ積みがるたび、源蔵は毎決まって「これだけあればは越せる」と言った。それを聞くとトヨはしたように笑い、子供たちも今が無事終わったのだとじた。
百姓にとって、蔵のの米はべ物であると同にであり、命そのものだった。根が傷めば米を売って直し、子供が病気になれば米を売って薬を買う。それでも最まで残しておかなければならない分があり、その境目を見極めるのがである源蔵の役目だった。
やがて源蔵のにも券が届いた。みのあるには、自分たちが昔から呼んできた田の所と面積、それまで識したこともない「価」という数字がかれていた。源蔵は囲炉裏端で何度もその数字を見直し、自分が耕すに額が付けられたことに、奇妙な落ち着かなさを覚えた。
庄吉は券をに取り、「これがあれば、この田はうちの物だって国が認めたことになるんだろ」と面そうに眺めた。源蔵は曖昧に頷きながらも、昔から自分たちの田だったものを今さらに認めてもらうという覚が、どうにも腑に落ちなかった。それでもしい世のとはそういうものなのだろうと考え、券を切に戸棚へしまった。
最初の、源蔵は米を数俵売り、そので税を納めた。
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