"「母さん、車に乗れないから来なくていい」――家族に捨てられた母と消えた1200万円" 第10話
署名を急ぐ4
6畳のに5が座ると、空気が急に狭くなった。恵理のいと、淹れたばかりのほうじ茶のりが混じり、茶ぶ台のには誰もをつけない湯みが並んでいた。
隆は挨拶もせず、黒い鞄からケアホームのパンフレットと契約を取りした。
「子さん、今は話しいに来たわけではありません。ここへ署名して、実印を押していただきます」
契約には、入居300万円、額利用料24万円とかれていた。支払方法の欄には、《田内の所産を売却、括精算》と印字されている。
初度だけで、入居を含めれば588万円。5暮らせば、単純計算でも1740万円になる。それだけの負担を私にさせる契約なのに、説欄にはさな文字が並ぶばかりで、4のうち誰ひとり内容を読みげようとはしなかった。
「私が断った体験入居の次は、本契約ですか」
「断ったこと自体を覚えていないんでしょう。ひとりで幹線に乗るなんて、正常なのすることじゃありませんよ」
恵理がため息をつくと、も「族に迷惑をかけるに受け入れなさい」とねた。自分ので移したことまで、病気の証拠に変えようとしている。
私は黒いボールペンに触れず、尚弥を見た。
「あなたも、私がここへ入るべきだとっているの?」
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尚弥は私と目をわせず、膝ので指を組んだ。
「母さんは最、同じことを何度も聞くし、夜にへようとしたこともあるって恵理から聞いた。専に任せた方が、俺たちもできる」
声だけは穏やかだった。京ので私に買い物を頼むも、孫の迎えを任せるも、尚弥は同じ調子で「母さんなら丈夫だよ」と言っていた。そのが今は、私を何も判断できないとして扱っている。りより先に、胸の奥がたくなった。
私は5、朝5に起き、4分の予定を覚え、1度も弁当を作り忘れなかった。毎5万円の塾代も、費も、支払を違えたことはない。尚弥はそれを毎見ていたはずだ。それでも、妻の作った嘘の方を選んだ。
「私が夜にへようとしたを教えて」
「にちまでは覚えてないよ。そういう細かいことを問い詰めるな」
「では、同じことを何度も聞いたという録音や記録はあるの?」
尚弥は度、助けを求めるように恵理を見た。恵理は眉をげ、く言い切れと促すように顎をかした。そのいやり取りだけで、こので誰の言葉に従っているのかが分かった。
尚弥は答えられず、恵理が割って入った。
「族の証言で分でしょう。お義母さんは、自分がおかしくなっていることを認めたくないだけです」
は苛ったように契約を指で叩いた。
「こんな古い部でを張っても、誰も得をしません。マンションは1860万円で売れる。そこから300万円を払い、残りを尚弥君が管理すれば、ぬまで困らないんです」
「24万円なら、残りの1560万円は5半ももちません。そのはどうするのですか」
「その頃には介護度も変わる。細かい計算は、こちらで調します」
は私の質問を面倒そうに切り捨てた。私の老を決める数字なのに、彼にとっては契約を通すための数字でしかないらしい。
私のを売り、私のを息子が管理し、そので私を施設へ入れる。それを恩恵のように語る4を見て、胸のから迷いが消えた。
「分かりました。では、署名するに1枚だけ見てください」
私は最初の封筒をき、まで隠していた診療記録を茶ぶ台の央へ置いた。
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