みかん小説
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"3人の息子は、夫の隠し子だった" 第12話

それ以を望めば、結局また斎藤を支配される気がした。

3の息子たちは、専の支援を受けながら由との活をて直すことになった。由にはへの為について処分がされ、定期、子供たちとの活にも監督がついた。彼女は仕事を始め、親としての責任を学ぶプログラムへ通った。

数か、児童相談所を通じて1通のが届いた。差は蒼太だった。きさのそろわない文字で、かれていた。

――に、たたいてごめんと伝えてください。ぼくは本当のお父さんがちがっても、陽斗のお兄ちゃんでいていいですか。

私は何度も読み返した。返事をくべきか迷い、にも相談した。娘はしばらく考えてから、「もうたたかないなら、いいよ」と言った。

私は蒼太へ、兄弟でいてよいかを決めるのは血ではなく、これから互いをどう切にするかだといた。は余に、さな青い鳥を描いた。

蓮からは来なかった。父親が逮捕されたこと、自分だけが総郎の実子だったことにくこだわり、由へ反発しているという。私は蓮を救えるではない。ただ、いつか自分が継者になるためだけにまれたのではないとってほしいとった。

私の絵本は版された。題名は『ひかりの丘へ』。初版は決してくなかったが、親子で読んだというしずつ届いた。

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怖い森から逃げたことを恥じなくていい、という文に救われたとく読者もいた。

ある、差に見覚えのないが編集部へ届いた。そこには、庭内で傷つけられながられる決がつかなかった女性が、娘と緒に相談窓ったとかれていた。

――母鹿が何度も振り返りながら、それでも丘へ向かう面を見て、怖いままでも歩いていいのだとえました。

私はを読み、しばらく仕事机からけなかった。自分の経験を正しいものにするために描いたのではない。けれど私たちが歩いたが、らない誰かの最初の歩を支えられたなら、絵を取り戻したはあった。

私は返事に、逃げることは負けではなく、自分の命を自分へ返す選択なのだといた。ただし、で危険を背負わず、必ず専や信頼できるを頼ってほしいとも添えた。かつての私が最も必としていた言葉だった。

版記さな会で、枝教授は本をに取り、昔と同じ穏やかな声で言った。

「君の絵には、よりがある」

私はようやく、失った5を否定せずに受け止められた。あのが必だったとはわない。苦しみを美化するつもりもない。それでも、そこから何を持ってるかは自分で決められる。

には、が座っていた。

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しい黄のワンピースを着て、誰よりきな拍をしていた。帰り、娘は私の本を胸に抱き、「ママは絵を描くなんだね」と誇らしそうに言った。

「そうよ。のママで、絵を描く藤原綾音」

の私は、斎藤総郎の妻という肩きがなくなれば何者でもなくなるとっていた。けれど本当は、肩きに隠されていただけだった。名も、も、描くも、ずっと私のに残っていた。

郎の刑事裁判では、正の役割が認定され、罪判決が言い渡された。判決の、記者からを求められたが、私は何も答えなかった。

彼の崩壊を語るより、私たちがどうき直したかを切にしたかった。

判決からしばらくして、信託から連絡があった。義父が私へ残した封の原本が、旧貸庫の保管記録から見つかったという。総郎が受け取ったのは写しだけで、義父はのため同じ内容をにも預けていた。

封筒の表には、震えのない端正な字で「藤原綾音さんへ」とかれていた。斎藤ではなく、私が結婚から使っていた藤原という名字だった。それだけで、義父が私を総郎の付属物として見ていなかったことが分かった。

には、彼が蓮のへ疑を持っていたこと、静子と総郎が私に何かを隠していると気づいていたことが記されていた。

しかし臓を患っていた義父は、真相を確かめるに入院し、私へ直接話す会を失ったらしい。

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