みかん小説
本棚

"消印は失踪の3日後" 第9話

その答えは痛かったが、拓議と受け入れられた。

母を完全な犠牲者や英雄にされるより、さを持った1としてるほうがよかった。

真紀は2004ごろから臓に異常を抱えていた。それでも健康保険証を使えば居所が分かるとい、分な診療を受けなかった。

200612、加で倒れたときにはい状態だった。

「病院で、拓さんに連絡するか聞きました」

絵里の声が震えた。

「真紀さんは、考えたあと、首を横に振りました。病気の姿で現れて、息子に何を背負わせるのかと言いました」

「それでも、らせるべきだった」

「はい。私はらせるべきでした」

絵里は言い訳をしなかった。

「真紀さんの願いを守ることと、拓さんの権利を奪うことは別でした。でも私は、助けてもらった恩を返すつもりで、真紀さんの言葉に従いました。本当は、自分が責められるのが怖かっただけかもしれません」

絵里は押し入れから、古い赤の郵便鞄をした。

真紀が失踪当に持っていたものだった。

には会計帳簿、録音テープ、者の印鑑覧、町役との連絡記録が残されていた。そしてには、青と緑のの束が入っていた。

い付箋に、真紀の字で《拓》とかれていた。

母は失踪した、息子との約束を忘れていなかった。

赤い郵便鞄から見つかった帳簿は、樺園の正を証する決定な資料だった。

広告

した入居者ごとに、、預、使用能な分証理されていた。名を引き継いだ物の写真や、毎支払われる「管理料」の記録もあった。

町役の福祉課職員、峰運輸の元社関の元支など、複数の物へが渡っていた。

信吾の名も帳簿に1度だけ登した。

《118 運搬担当・沢 らせず》

それは信吾が共謀者ではなかったことを示す方、異常に気づけるにいたことも証していた。

野寺たちは関係資料をもとに、の関係者から事を聴いた。物のくはくなっていたが、岐孝之は静岡県内で暮らしていた。

73歳になった孝之は、当初すべてを否定した。

しかし自の署名がある送表と録音を示されると、父親に頼まれ、届の処理を遅らせたことを認めた。

「数か、せいぜい数週のことだとっていた」

「最で6が支されています」

野寺が指摘すると、孝之は黙り込んだ。

者の分をに使わせたのは?」

「父がやった。私はらない」

だが、名を利用した物の民票を移す続きには、孝之の職員印が押されていた。印鑑を無断で使われたという主張も、勤務記録と矛盾していた。

真紀の失踪現を偽装するため、別の配達員の郵便物を庭局へ渡した物も孝之だった。

広告

庭は当初、真紀の計画に協力し、証拠を壁へ隠した。しかし息子の通学を持ちして脅された真紀を守るため、正側にも協力するふりをした。

郵便物をバイクへ入れたのは庭だったが、その目は信吾が真紀を川へ転落したように見せるためだった。

事件庭は県警本部や聞社へ匿名の告発状を送っていた。警察の保管庫から3通が見つかったものの、具体な証拠がないとして元署へ回され、そこで処理が止まっていた。

その担当者は、樺園の施設と親しい警察官だった。

庭は脳梗塞で倒れた。壁のの証拠を誰にも伝えられないまま、真相は25封じられた。

捜査の展は全国ニュースでも報じられた。峰町は第者委員会を設置し、過届と付記録を調べ直すと発表した。

真紀の失踪についても、当初の「事故または自発失踪」という記録が見直された。

ただ、拓には納得できない点が残っていた。

母と絵里は、なぜ2006まで帳簿を公表しなかったのか。

帳簿があれば、正をらかにできたはずだった。

絵里に尋ねると、彼女はもう1本の録音テープを差しした。2002に真紀が弁護士と話した際の会話だった。

弁護士は帳簿の性を認めながら、入方法が問題になると指摘していた。絵里は業務横領や文偽造に関与したでもあり、証言だけでは、自分の罪を軽くするために施設へ責任を転嫁したとわれる恐れがあった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: