"開けなかった手紙" 第3話
そんなことじゃないか」
「でも向こうが何をいたからないんでしょう?」
「そういうことになるな」
良平は首を傾げた。
「変わっただなあ」
「昔から頑固なんだ」
「でもって、読むためにあるものでしょう」
正吉はへ目を向けた。
波島がしずつざかる。
斜面には根だけ残った空きがいくつも見えていた。
「普通はな」
それからしばらく、正吉は源次郎のについて何も言わなかった。
いつも通り届けるだけだった。
「阪からだ」
「おう」
「今は尼崎」
「そこ置いといてくれ」
「堺だぞ」
「分かった」
源次郎は受け取る。
そしてけずにの奥へ持っていく。
正吉はそのたび、仏壇の横の束がまた1通増えるのだろうとった。
が終わり、から吹くに涼しさが混じり始めた頃、波島からさらに3世帯がていくことになった。
そのには、港くの雑貨も含まれていた。
主夫婦は、米、噌、醤油、鹸、乾池、煙などを売っていた。島民にとっては単なるではなく、誰かと顔をわせて話す所でもあった。
閉の、棚にはほとんど商品が残っていなかった。
「これで島で買い物できるところ、なくなるな」
正吉が言うと、主は空になった棚を見回した。
「客がおらんからな。商売にならんよ」
「本へってどうする?」
「娘ののくにさい部を借りる」
広告
主はし笑った。
「この、親父の代から60やった」
その言葉のあと、何も続かなかった。
正吉も何も言えなかった。
が閉まると、島の常はさらに便になった。
醤油1本でも本へ買いにくか、誰かに頼まなければならない。夜になると灯りのつくは指で数えられるほどになった。
閉した学の庭には膝のさまでが伸び、が吹くと錆びた鉄棒がさく軋んだ。
そんなのある、役から残った島民を集めるよう通が来た。
集会所に10ほどの老が集まり、本から来た職員の説を聞いた。
残っている齢者には本側の公営宅への転居を勧めること。
定期は翌から減便を検討していること。
将来には、島に定者がいなくなる能性も定していること。
職員はできるだけ穏やかな言葉を選んだ。
だが島民には分かった。
波島という集落そのものを、閉じる話だった。
帰りの渡しで、良平が正吉へ言った。
「来から、この便も毎じゃなくなるかもしれません」
「聞いた」
「郵便もそうでしょうね」
正吉は黙っていた。
良平は何気なく笑った。
「さんも楽になるじゃないですか。毎あの坂をらなくて済む」
正吉はを見た。
「そうだな」
声はしも嬉しそうではなかった。
数。
正吉はいつものように源次郎のへ向かった。
広告
「今は堺からだ」
源次郎は封筒を受け取り、そのまま懐へ入れようとした。
しかし正吉は帰らなかった。
「崎さん」
「なんだ」
「来から、毎は来られんようになるかもしれん」
源次郎のが止まった。
「が減る」
「そうか」
「郵便も週に2回か3回になるかもしれん」
源次郎は軽く頷いた。
「分かった」
それだけだった。
その瞬、正吉の胸の奥に、言葉にしづらい苛ちが湧いた。
のものも、自分は島へを運んできた。良平たちもない乗客のためにをし、れて暮らす3の子どもも、毎週父親のために便箋へ文字をいている。
それなのに、源次郎はけもしない。
「分かったって、それだけか」
源次郎が顔をげた。
「ほかに何を言う」
「毎週、子どもがをよこしてるんだろ」
「そうだな」
「だったら読め」
源次郎の眉がいた。
「郵便がそこまですな」
「読まんなら、何のために受け取るんだ」
「俺の勝だ」
「子どもは返事を待ってるぞ」
すると源次郎はい声で答えた。
「返事はしてる」
「読んでないのに、何をくんだ」
源次郎は黙った。
正吉は言い過ぎたとった。
子をかぶり直し、玄関へ向かう。
「……また来る」
そのだった。
背から源次郎の声がした。
「があるからだ」
正吉はを止めた。
「何?」
正吉が振り返ると、源次郎は仏壇の横に積まれた封筒を見ていた。
老はゆっくりちがり、番の束から1通を取りした。
「読まない理由だ」
正吉は黙って待った。
「これを今読んだら、今の楽しみは終わる」
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
母が守った「4人目」
昭和23年の冬。空襲で夫を亡くし、3人の子どもを育てる富美は、配給所へ行くたびに言い張った。 「うちは、子どもが4人です」 台帳に残るもう一人は、3年前の空襲で消息を絶った長男・正一だった。町内から「いない子の分まで受け取るのはずるい」と責められ、次男の昭夫まで学校で泥棒扱いされる。 耐えかねた昭夫が母に内緒で配給人数を訂正しようとすると、富美は物置へ彼を連れていった。そこには3年間、一粒も食べずに取っておいた正一の米があった。 「帰ってきた時、また“あなたの分はない”なんて言いたくなかったの」 しかし厳しい冬のある日、空腹で震える少年が家を訪れる。富美は長い間守り続けた甕を見つめ、やがて昭夫へ静かに告げた。 「取ってきて」――正一を待つための米が、今ここにいる子どもたちの命をつなぐ食事へ変わった夜だった。時代|歴史|昭和1.6万字5 18 -
完結第11話
出生届を止めた助産婦
昭和30年の秋、信州の山村で二人の女が同じ夜に女児を出産した。介助したのは、村でただ一人の助産婦・松永ハルだった。 一人目の赤子を連れて次の難産へ駆けつけたハルは、夜明け前の混乱の中で、二人をほんのわずかな間だけ同じ布団へ寝かせてしまう。 翌日、ハルは異変に気づいた。最初に生まれた子の左肩にあった青い痣が、もう一方の家にいる赤子へ移っていたのだ。 「この子の出生届だけは、あと二、三日待ってください」 問い詰められたハルは、ついに二人の赤子を取り違えた可能性を告白する。しかし血を確かめる術のない時代、頼れるのは曖昧な記憶と、痣や足の形だけだった。 しかも二人の母親は、すでに三日三晩、腕の中の赤子へ乳を与え、泣けば抱きしめていた。元へ戻すべき命と、もう生まれてしまった情――戸籍には記せない選択を、二つの家族が迫られることになった。時代|歴史|昭和1.6万字5 41 -
完結第10話
知らない家族が守った家
昭和27年、7年間接収されていた世田谷の自宅へ、ようやく戻った杉浦一家。 ところが庭には洗濯物が干され、家の中には見知らぬ母子が暮らしていた。しかも7歳ほどの少年が、杉浦家の仏壇に毎朝手を合わせていた。 「今週中に出ていってください」 家を取り戻した忠雄に譲るつもりはなかった。しかし母子には行き先がなく、二つの家族は一時的に同じ屋根の下で暮らすことになる。 やがて押し入れから、亡くなった母子の父親が残した古い帳面が見つかった。そこには屋根や雨戸、仏間を修理した7年間の記録が、細かな日付とともに記されていた。 「ここは自分たちの家ではない。いつか持ち主が帰ってくる」 少年が仏壇へ手を合わせていたのは、帰る場所を失った父が、まだ見ぬ家主のために守り続けた約束だった――。時代|歴史|昭和1.5万字5 44 -
完結第11話
最後の転校届
昭和40年、ダム建設によって水没する杉ノ沢村では、家々が次々と解体され、ただ一つの小学校にも5人の児童しか残っていなかった。 女性教師・森山佳代子が気にかけていたのは、6年生の中村修一だった。ほかの家族が転校手続きを終える中、修一だけは転校届を持ってこない。父親は移転に反対していないはずなのに、なぜ息子の進路だけ決めないのか。 ある日、佳代子が中村家を訪ねると、家はすでに取り壊されていた。修一は一か月以上も前に移転し、十数キロ離れた新居から、雨の日も自転車で旧村の学校へ通い続けていたのだ。 「なくなるなら、最後までいたい」 卒業まで杉ノ沢小学校へ通いたいと訴える修一。しかし冬が訪れ、雪にまみれて登校した少年を前に、佳代子はついに父親が差し出した転校届を受け取る。 故郷を奪いたくないという少年の願いと、未来へ送り出さなければならない教師の責任。村が湖底へ消える最後の春、二人の別れをつなぐ一枚の写真が残される――。時代|歴史|昭和1.6万字5 44