みかん小説
本棚

"開けなかった手紙" 第4話

「だから何も置いてるのか」

「全部を何も置くつもりやったわけじゃない」

源次郎は苦笑した。

「最初は次のに読むつもりだった。ところが次のになると、またその次のでええとった」

正吉にはまだ理解できなかった。

源次郎は封筒の表を親指で撫でた。

に1通残しておけば、起きる理由がある」

を読むために?」

「ああ」

は縁側へ座った。

「妻がきてた頃は、朝になれば畑へた。昼には緒に飯をって、夕方になれば呂を沸かす。夜になれば、はどこを刈りするとか、みかんをいつ採るとか、話すことがあった」

庭の向こうには、さな畑があった。

野菜の季節は終わり、根の葉が並んでいる。

「子どもがいた頃は、もっと忙しかった。学の弁当だ、ただ、靴が破れただ。の予定なんて、考えなくても向こうから来た」

源次郎はへ目を向けた。

「けど妻がんで、所も減った。朝起きても誰も待っとらん。畑だって寄り1なら、今やってもやっても同じだ」

正吉は何も言えなかった。

「1になると、することを作るのも難しいんだ」

源次郎はの封筒を見た。

「だから、これをに残す」

が気にならんのか」

「気になるから残せるんだ」

「子どもには悪いとわんのか」

「返事はいてる」

「読まずに?」

源次郎は笑った。

広告

男には『体に気をつけろ』、次男には『仕事を休め』、娘には『子どもを叱りすぎるな』。親が子どもにくことなんて、だいたい決まっとる」

正吉はわず笑いそうになった。

「向こうが何をいてるか分からんだろ」

「そのうち読む」

「いつだ」

「暇になったらな」

と同じ答えだった。

だが今度は、が違って聞こえた。

源次郎は子どもたちを嫌っているのではない。

を粗末にしているのでもない。

むしろ逆だった。

通を、簡単には使ってしまいたくなかったのだ。

正吉は仏壇の横の束を見た。

通もの封筒。

今まではただの奇妙なにしか見えなかった。

だがそのから、それは源次郎が自分のに積みげてきた「」に見えるようになった。

「じゃあ、が減ったらどうする」

正吉が聞いた。

源次郎はし考えた。

が来る回数が減るだけだろ」

「そうだ」

「なら、もっと持ちする」

正吉はとうとう声をして笑った。

「そこまでして島に残りたいか」

源次郎は返事をしなかった。

庭の向こう、坂の、その先のを見ていた。

正吉もそれ以は聞かなかった。

そのから、もう「読め」とは言わなくなった。

が来た。

から正式な通た。

3いっぱいで、波島への毎運航の定期便を終する。4は曜を決めて運航し、郵便や活物資もそれにわせることになった。

広告

残っている民には、本への転居が改めて勧められた。

正吉が通を届けると、島の老たちは黙ってを読んだ。

驚く者はほとんどいなかった。

皆、いつか来ると分かっていただった。

まで減ったら、本当にめんな」

くのに暮らす老が言った。

「病院へくにも帰るを考えんといかん」

別の老婆が答えた。

「娘から、もう来いって言われとる」

そのだけで、さらに2が島をることを決めた。

源次郎のところにも、娘から話が来た。

波島には各庭へ話が入っていなかった。港くの漁協事務所に置かれた話が、島との数ない連絡段だった。

崎さん、堺から話だ」

正吉が坂をってらせた。

「またか」

「娘さんだ」

「分かっとる」

源次郎は着を羽織り、正吉と緒に港へりた。

漁協の事務所で受話器をに当てる。

「うん」

「分かっとる」

「まだ決めてない」

「何度も言うな」

ほとんどそれだけだった。

話を切ったあと、正吉は聞いた。

「娘さん、来いって?」

「うるさいくらいにな」

けばいい」

源次郎が横目で見た。

「おまで言うか」

「1で残ってどうする」

「今も1だ」

「今とは違う。が毎来なくなる」

源次郎は返事をしなかった。

島の坂をりながら、正吉はその背を見ていた。

頑固だから残っている。

なら、それだけだとっていた。

だが今はし違う気がした。

源次郎にとって、島をるということは所が変わるだけではない。

朝起きて見るも、妻と歩いた坂も、子どもたちの背丈を刻んだ柱も、全部まとめて置いていくことだった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: