"開けなかった手紙" 第8話
若い頃から何も郵便を配った。
子どもがまれた。
息子が都会へた。
夫をくした。
誰もまなくなった。
郵便物の宛名を見ているだけでも、そのに流れるがしだけ分かることがあった。
退職してもないある。
正吉の自宅へ1通のが届いた。
差を見た瞬、笑った。
崎源次郎。
所は堺になっていた。
正吉は居へ座り、封筒をけた。
便箋には源次郎らしいい文章が並んでいる。
《さんへ。》
《あの持ってきたは、全部読みました。》
正吉はわず頷いた。
その次のを見て、吹きした。
《毎1通ずつ読むつもりでしたが、孫が勝にけるので、3でなくなりました。》
源次郎がりながら孫を追いかける姿が目に浮かんだ。
続きには、こうかれていた。
《今は、することには困りません。》
《朝は孫を学へ送り、夕方は迎えにかされます。》
そして最の1。
《島にいた頃より、ずっと忙しいです。》
正吉は読み終えると、声をして笑った。
「そうか。忙しいか」
便箋を畳み、もう度封筒へ戻した。
窓のには穏やかな空が広がっていた。
昭40代から50代。
本がきく豊かになっていく方で、方のや島からはくの若者が都へていった。
が減れば学がなくなる。
が閉まる。
診療所がなくなる。
交通が減る。
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交通が便になれば、さらにがていく。
島そのものがから消えるわけではない。
も畑もも残る。
けれど毎朝誰かが戸をけ、隣へ声をかけ、子どもが坂をるという「暮らし」はしずつ消えていった。
源次郎が最まで波島へ残ったのも、単に頑固だったからではなかった。
畑があった。
妻の墓があった。
子どもを育てたがあった。
妻と何も歩いたがあった。
島をていく理由がいくら増えても、く暮らした所には、それ以にくの「残る理由」が積みなっていた。
毎週届いたも、その1つだった。
男から。
次男から。
娘から。
源次郎は読まなかった。
最初にその事実をった、正吉には理解できなかった。
だが源次郎にとって、あの封筒は単なる便りではなかった。
の予定だった。
妻がいた頃には必のなかったものだ。
朝になれば畑がある。
昼になれば緒に卓を囲むがいる。
夕方には呂を沸かす。
夜になれば翌の話をする。
ところが1になると、今との境目がくなる。
誰かと約束しているわけでもない。
急いで起きる理由もない。
そんな毎ので、仏壇の横にけていない封筒が1通あれば、
「はこれを読もう」
そうえる。
もう1通残っていれば、その次のまでさな楽しみが続く。
だから源次郎はを捨てなかった。
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読まないまま、切に束ねていた。
そして波島をる最の。
正吉が渡した娘からのだけは、そのでいた。
《今度からはをきません。》
《同じで話せるから。》
あのから源次郎には、をまで取っておく必がなくなった。
翌朝には孫が起こしに来る。
学へ送らなければならない。
夕方になれば迎えもある。
へ戻れば娘が話しかける。
卓にはがいる。
することを、自分で用しなくてもよくなった。
正吉は源次郎から届いたを、い自宅の引きしにしまっていた。
々読み返した。
《島にいた頃より、ずっと忙しいです。》
たった1なのに、そのたびに笑った。
郵便配達員だった正吉は、何もからへを運んだ。
は読むためにある。
ずっとそうっていた。
けれど源次郎を通して、初めてった。
には、読まれるからを支えることもある。
机のにあるだけでできる。
けようとうだけで、次のまで歩いていける。
そしてには々、内容より切な「まだけていない1通」が必になるのかもしれない。
正吉は窓のを眺めながら、波島の最の朝をいした。
が岸をれた、源次郎はずっと島を見ていた。
泣きもしなかった。
声で別れを惜しみもしなかった。
ただ、く暮らした所を目に焼きつけるように見つめていた。
そして正吉が叫んだ。
「、ちゃんと全部読めよ!」
源次郎は呂敷を叩いて笑った。
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