"開けなかった手紙" 第9話
「これから忙しいんだ!」
あの、正吉はを読むことで忙しいのだとっていた。
だが今なら分かる。
源次郎が本当に忙しくなったのは、その先だった。
孫を送り、迎えにき、娘と言いい、同じ卓で飯をべる。
誰かと緒に暮らすという、ごく普通の毎。
それこそが、島で1になった源次郎がいなくしていたものだった。
波島で最まで残していたは、源次郎に「」を与えていた。
そして島をたあとは、族がその役目を引き継いだ。
もう封筒を残しておく必はない。
目を覚ませば、そこにがいる。
話すことがある。
することがある。
そんな当たりの1が、源次郎にとっては何よりきな変化だった。
正吉はを丁寧に折り直し、引きしへ戻した。
そして1で笑った。
「そりゃ、忙しいわな」
いの向こうで、もう毎朝の渡しを待つはいない。
それでも、あの島から運ばれた何百通ものが消えたわけではなかった。
それぞれののに渡り、読まれ、しまわれ、誰かのをつないでいった。
源次郎が何もけずに残していたも、最には全部かれた。
それは楽しみがなくなったからではない。
の代わりになるものを、ようやく見つけたからだった。
同じで交わす声。
朝の「起きて」。
夕方の「おかえり」。
そしてもまた続く、族の暮らし。
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源次郎が島をるにいた最の1通は、別れのではなかった。
い孤独の終わりをらせる、最初のだった。
正吉はを丁寧に折り直し、引きしへ戻した。
そして1で笑った。
「そりゃ、忙しいわな」
いの向こうで、もう毎朝の渡しを待つはいない。
それでも、あの島から運ばれた何百通ものが消えたわけではなかった。
それぞれののに渡り、読まれ、しまわれ、誰かのをつないでいった。
源次郎が何もけずに残していたも、最には全部かれた。
それは楽しみがなくなったからではない。
の代わりになるものを、ようやく見つけたからだった。
同じで交わす声。
朝の「起きて」。
夕方の「おかえり」。
そしてもまた続く、族の暮らし。
源次郎が島をるにいた最の1通は、別れのではなかった。
い孤独の終わりをらせる、最初のだった。
正吉が退職してから、さらに1ほどが過ぎた。
の終わり、港へ買い物にた正吉は、久しぶりに良平と顔をわせた。
26歳だった良平も、いつのにか30代になっていた。以と同じ会社に勤めていたが、波島への便は週に数回しかなく、普段は本沿岸の別の航を担当しているという。
「さん」
良平がくからをげた。
「もうさんって呼ぶな。
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郵便は辞めた」
「じゃあ、正吉さん?」
「気持ち悪いな。さんでいい」
2は港の待所に入り、自販売で缶コーヒーを買った。
窓のには、かつて波島へ毎朝向かっていたさな桟が見えた。
良平が何気なく言った。
「、島へくんですよ」
正吉は缶をけるを止めた。
「波島へ?」
「ええ。墓の刈りをしたいって、昔の島民が何か集まるらしくて。臨でをします」
「そうか」
「さんもきます?」
正吉はすぐには答えなかった。
最に島へ渡ったのは、源次郎たちがていってからもない頃だった。
まだ仕事をしていた、度だけ役の類を届けるためにった。
そのにはもう、のむはなかった。
港へりても誰も声をかけてこない。
坂をっても、犬匹吠えない。
それがった以に寂しく、正吉はそれ以来、用事もないのに島へこうとはわなかった。
だが今はし違った。
「何だ」
「920分」
良平が笑った。
正吉も笑った。
昔と同じだった。
翌朝。
正吉は850分には港へ来ていた。
郵便鞄は持っていない。
自転もない。
さな布袋に筒と弁当を入れただけだった。
桟には数ほど集まっていた。
ほとんどが波島をれた元民だった。
松田夫婦の息子もいた。
かつて雑貨を営んでいた夫婦の娘も来ていた。
皆、歳を取っていた。
波島で子どもだった者がになり、だった者は老になっている。
そして、その横には見覚えのない若いや子どももいた。
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