"母が守った「4人目」" 第1話
昭23の、京の町には、まだ戦争の跡が常のに残っていた。焼け落ちたの跡には板とトタンで作ったさなが並び、しいが吹けば、壁の隙から砂埃と気が入り込んだ。終戦から3が過ぎ、ももしずつ戻り始めていたが、卓のだけを見れば、平という言葉はまだいものだった。
佐藤富美は、そのも古びた布袋を抱え、町内の配所へ向かった。42歳になった富美は、昭20の空襲で夫をくしてから、14歳の昭夫、10歳の幸子、6歳の俊夫をで育てている。昼は縫製で働き、夜は所から頼まれた繕い物をし、針を持ったまま眠ってしまうことも珍しくなかった。
配所のには、朝からい列ができていた。
誰も余計な話はしなかった。のがどれだけ受け取ったのか、自分のより数がいのかないのか、そんなことだけを黙って見ている。べ物が分でない代には、よそのの茶碗杯まで気になってしまうのだった。
やがて富美の番になった。
係員のは、配台帳をくと、いつものところでを止めた。
「佐藤さん」
その呼び方だけで、富美には何を言われるのか分かっていた。
「男の正さんですが、今回も数に入っていますね」
「はい」
「民確認では、現この所にはおられないことになっています。
広告
昭20から消息が分からないんですよね」
富美はし背筋を伸ばした。
「正もおりますから」
ろの列で、誰かがさく息を吐いた。
は困ったように眉をげた。
「お気持ちは分かります。ただ、もう3です。本がここで活していない以、このままずっと世帯数に入れておくのは……」
「帰ってきます」
「佐藤さん」
「帰ってきますから」
富美は声を荒らげなかった。ただ、いつものようにの目を見てそう答えた。
ろから女の声がした。
「ずるいわね」
富美は振り向かなかった。
「うちだってべ盛りがいるのよ。いないの分まで受け取っていいなら、みんなそうするわ」
別の女も声で応じた。
「まだ見つかってないってだけでしょう。3も帰ってこないなら……」
最までは言わなかった。
それでもは分に伝わった。
富美は配された米と雑穀を袋に入れ、何も言わずに配所をた。へると、曇りの空から細かなが落ち始めていたが、傘を差すほどではなかった。
そのの夕方、昭夫が学から帰ってくるなり、乱暴に戸を閉めた。
「兄ちゃんはんでない!」
まで聞こえそうな声だった。
台所にいた富美が振り返った。
「どうしたの」
「何でもない」
昭夫は鞄を畳へ投げた。頬の横が赤くなり、制の襟がし伸びている。
富美は理由を察したが、すぐには聞かなかった。
広告
幸子が声で言った。
「昭夫兄ちゃん、今学で喧嘩したんだって」
「幸子!」
昭夫が睨むと、妹は黙った。
富美は芋を洗いながら尋ねた。
「何て言われたの」
昭夫はしばらく答えなかった。
やがて畳へ座り込み、い声で言った。
「うち、んだ兄ちゃんの分まで米もらってるって」
包丁を持つ富美のが、瞬だけ止まった。
「それで殴ったの?」
「向こうが先に言ったんだ」
「言われたからって、殴っていいことにはならないよ」
「じゃあ、何て言えばいいんだよ!」
昭夫が顔をげた。
「兄ちゃんはきてるって言えばいいのか? んでるって言えばいいのか? 母ちゃんだって分からないんだろ!」
富美は何も答えなかった。
正が消えたのは3だった。
昭203の空襲の夜、族は燃え広がる町を逃げていた。富美はまだ3歳だった俊夫を抱き、幸子のをつかみ、昭夫をへ押しながら防空壕へ向かった。
正は父親と緒だった。
の波に押され、のがり、振り返ったにはの姿が見えなくなっていた。
夫の消息は数に分かった。
正だけが、どこにもいなかった。
病院。
学。
寺。
役所。
警察。
富美は歩ける所を全部歩いた。
負傷者が運ばれたという話を聞けば見にき、元の分からない子どもがいると聞けば仕事を休んだ。復員者や引揚者が駅へ着くという話を聞けば、正がいるはずもない齢だと分かっていても、混みのへ探しにった。
最初のは昭夫も兄が帰ってくると信じていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
昭和39年、給食費泥棒にされた少女
昭和39年、村の小学校で給食費9,600円がなくなったと騒ぎになり、11歳の岸田和子は担任から泥棒だと決めつけられた。無実を訴えても信じてもらえず、和子は転校を余儀なくされる。それから35年。廃校となった母校で古い出納簿を見つけた和子は、問題の給食費が事件の二日前に全額入金されていたことを知る。なぜ教師は、なくなっていないお金を盗んだと少女を責めたのか。食数の合わない給食記録、突然退職した調理員、沈黙する元同級生。忘れられた帳簿を手がかりに、和子は35年間隠されてきた学校の秘密を追い始める。時代|歴史|昭和|真相3.1万字5 309 -
完結第12話
昭和44年、終電後に消えた駅員――28年目に見つかった記録
昭和44年、長野県の小さな駅で働く杉原修一は、最終列車を見送った夜、8万6,400円の現金とともに姿を消した。父を泥棒と呼ばれながら育った娘の美緒は、28年後、取り壊しが決まった駅舎で古い駅務日誌を発見する。そこには、父が終電の55分後、赤いランプを持って七号橋へ向かったという不可解な記録が残されていた。運休したはずの貨物列車、書き換えられた帳簿、沈黙を守る関係者たち。父はあの夜、何を知り、なぜ帰ってこなかったのか。昭和の小駅に封じられた28年間の謎を追う、家族と真実の物語。時代|歴史|昭和|ミステリー|真実2.9万字5 260 -
完結第13話
六時の椅子
昭和35年、東京下町。72歳の小野寺ハルは、取り壊しが決まった古い写真館の前に、毎朝六時から木椅子を置き、持ち主不明の家族写真を返そうとしていた。 ある朝、一人の女性が写真の中の娘・澄子を見て顔色を変える。十五年前の東京大空襲で、行方不明になった六歳の娘と一緒にいたというのだ。 澄子もまた、あの日から帰っていない。亡き夫が残した古い記録には、二人の名前が並んでいた。 戦争に引き裂かれた家族の足跡を追い、十五年間閉ざされていた真実へと近づく、母たちの物語。時代|歴史|昭和2.8万字5 140 -
完結第13話
返せなかった六百二十円
昭和二年、金融恐慌に揺れる東京・神田。銀行員の徳田美佐は、取り付け騒ぎのさなか、印刷所を営む父が請求した預金六百二十円だけを、自分の判断で留めてしまう。 給金を払えなくなった父の工場では職人が去り、父娘の間にも深い溝が生まれる。さらに銀行は「いつでも全額払える」と記した宣伝紙を配り、美佐が認めていない報告書には「確認済」の印が押されていた。 自分の過ちと、銀行が隠そうとする事実。美佐は職を失う覚悟で真相に向き合うことになる。時代|歴史|昭和|親子関係2.8万字5 213