"知らない家族が守った家" 第5話
「主なりの挨拶だったんだといます」
借りている。
使わせてもらっている。
今ここにいないので眠っている。
それを子どもに忘れさせたくなかったのだろう。
忠雄は帳面へ線を落とした。
昭22。
昭23。
昭24。
自分が野で「さえ戻れば」と繰り返していた頃、京ではらない男が漏りを直していた。
昭252には、管が凍ったという記録もある。
昭26のには縁側の板を枚取り替え、には庭の柿のの枝が根へ触れないよう切ったとかれていた。
「費用は誰がしたんです」
忠雄が尋ねると、美津は答えに迷った。
「最初の頃は管理する側からていたといます。でもは……」
「は?」
「主が自分で払った物もあったはずです」
忠雄は顔をげた。
「なぜそんなことを」
美津は困ったように微笑んだ。
「壊れたままにしておけなかったんでしょうね」
それ以、美津は夫を派なとして語ろうとはしなかった。
健にも欠点はあったという。酒をんで帰れば数が増え、料なのにへを貸し、美津と何度も喧嘩した。
病気になったも「丈夫だ」と言い張り、医者へくのが遅れた。
「ずいぶん頑固なだったみたいですね」
忠雄が言うと、美津はさく笑った。
「ええ。とても」
その笑顔を見た、忠雄は初めて健を「自分のへ勝に入り込んだ男」
広告
ではなく、のとして像した。
翌朝、正はいつものように仏壇へ座った。
忠雄もしれた所へ腰をろした。
正が線をてる。
「毎朝やってるのか」
「うん」
「面倒じゃないか」
正は首を振った。
「父ちゃんがんでからは、僕がやるって決めたから」
その言葉に忠雄は返事ができなかった。
自分の父母の位牌に、の子が父親との約束で線を供えていた。
腹をてる理由など、もうどこにも見つからなかった。
だが、だからといってをこのままずっとませることもできない。
を取り戻したいという気持ちまで違いだったわけではない。
忠雄は、そのつが同にすることに初めて気づいた。
相を気の毒にうことと、自分の権利を放すことは同じではない。
逆に、自分の権利を守ることと、相を追い詰めることも同じではない。
それまで忠雄は、どちらか方しか選べないとっていた。
がていくは、12半ばの曜に決まった。
美津が借りた部は、ここからかなりかった。
畳半に母子3。炊事は廊の端にあり、でもしかないという。それでも「子どもがいても構わない」と言ってくれる主が見つかっただけで、美津はありがたいと何度も言った。
引っ越し夜、美津は階を隅々まで掃除した。
広告
障子の桟を拭き、台所の竈を磨き、庭に置いていた桶まで洗った。澄子が「そこまでしなくても」と言っても、「く使わせてもらいましたから」とを止めなかった。
忠雄は階でそれを聞いていた。
胸がかった。
自分が追いした。
そう考えると居が悪い。
だが実際には、には正式にこのへみ続ける権利がない。杉浦にも、ようやく戻ってきた自宅で暮らす権利がある。
何度考えても、簡単な答えはなかった。
翌朝、美津たちの荷物は驚くほどなかった。
布団が3組。さな箪笥。類の入った呂敷。鍋がつと、器を入れた箱。
7く暮らしたというのに、それだけだった。
健がくなってから活を縮め、美津はしずつ物を売っていたらしい。
「い、本当に申し訳ありませんでした」
玄関で美津がくをげた。
澄子は「どうかお元気で」と言いながら、恵子の肩へ毛糸の襟巻きを巻いてやった。
浩は正の荷物を持っていた。
千恵は泣きそうな顔で恵子のを握っている。
最に正が「ちょっと待って」と言い、仏へった。
忠雄はを追わず、廊からその背を見ていた。
はいつものように正座し、線を本てた。
目を閉じ、いをわせる。
そしてちがると、忠雄のところへ来た。
「おじさん」
「何だ」
「もう僕、ここでお線あげなくていい?」
忠雄の胸に、鋭いものが刺さったような覚がった。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
母が守った「4人目」
昭和23年の冬。空襲で夫を亡くし、3人の子どもを育てる富美は、配給所へ行くたびに言い張った。 「うちは、子どもが4人です」 台帳に残るもう一人は、3年前の空襲で消息を絶った長男・正一だった。町内から「いない子の分まで受け取るのはずるい」と責められ、次男の昭夫まで学校で泥棒扱いされる。 耐えかねた昭夫が母に内緒で配給人数を訂正しようとすると、富美は物置へ彼を連れていった。そこには3年間、一粒も食べずに取っておいた正一の米があった。 「帰ってきた時、また“あなたの分はない”なんて言いたくなかったの」 しかし厳しい冬のある日、空腹で震える少年が家を訪れる。富美は長い間守り続けた甕を見つめ、やがて昭夫へ静かに告げた。 「取ってきて」――正一を待つための米が、今ここにいる子どもたちの命をつなぐ食事へ変わった夜だった。時代|歴史|昭和1.6万字5 16 -
完結第11話
出生届を止めた助産婦
昭和30年の秋、信州の山村で二人の女が同じ夜に女児を出産した。介助したのは、村でただ一人の助産婦・松永ハルだった。 一人目の赤子を連れて次の難産へ駆けつけたハルは、夜明け前の混乱の中で、二人をほんのわずかな間だけ同じ布団へ寝かせてしまう。 翌日、ハルは異変に気づいた。最初に生まれた子の左肩にあった青い痣が、もう一方の家にいる赤子へ移っていたのだ。 「この子の出生届だけは、あと二、三日待ってください」 問い詰められたハルは、ついに二人の赤子を取り違えた可能性を告白する。しかし血を確かめる術のない時代、頼れるのは曖昧な記憶と、痣や足の形だけだった。 しかも二人の母親は、すでに三日三晩、腕の中の赤子へ乳を与え、泣けば抱きしめていた。元へ戻すべき命と、もう生まれてしまった情――戸籍には記せない選択を、二つの家族が迫られることになった。時代|歴史|昭和1.6万字5 21 -
完結第12話
開けなかった手紙
昭和49年、過疎化が進む瀬戸内海の白波島。住民がわずか10世帯になっても、郵便配達員の木村正吉は毎朝、渡し船に乗って島へ通い続けていた。 島の高台に一人で暮らす大崎源次郎には、離れて暮らす三人の子どもから毎週必ず手紙が届く。ところが正吉が偶然目にしたのは、封も切られないまま何十通も積み上げられた手紙だった。 「読まないなら、なぜ受け取るんだ」 問い詰められた源次郎は、ようやく秘密を明かす。一通を明日へ残しておけば、明日起きる理由になる――手紙は孤独な老人が自分のために用意した「明日の予定」だった。 やがて島への毎日の定期便が廃止され、源次郎も娘の暮らす堺へ移ることを決める。最後の船が出る直前、正吉は娘から届いた一通の手紙を手渡した。 いつもなら明日まで開けないはずの源次郎が、その場で封を切った。そこには「今度からは手紙を書きません」と記されていた――もう手紙を残さなくても、明日になれば同じ家で話せるから。時代|歴史|昭和1.7万字5 28 -
完結第11話
最後の転校届
昭和40年、ダム建設によって水没する杉ノ沢村では、家々が次々と解体され、ただ一つの小学校にも5人の児童しか残っていなかった。 女性教師・森山佳代子が気にかけていたのは、6年生の中村修一だった。ほかの家族が転校手続きを終える中、修一だけは転校届を持ってこない。父親は移転に反対していないはずなのに、なぜ息子の進路だけ決めないのか。 ある日、佳代子が中村家を訪ねると、家はすでに取り壊されていた。修一は一か月以上も前に移転し、十数キロ離れた新居から、雨の日も自転車で旧村の学校へ通い続けていたのだ。 「なくなるなら、最後までいたい」 卒業まで杉ノ沢小学校へ通いたいと訴える修一。しかし冬が訪れ、雪にまみれて登校した少年を前に、佳代子はついに父親が差し出した転校届を受け取る。 故郷を奪いたくないという少年の願いと、未来へ送り出さなければならない教師の責任。村が湖底へ消える最後の春、二人の別れをつなぐ一枚の写真が残される――。時代|歴史|昭和1.6万字5 44