"知らない家族が守った家" 第9話
それでも普通のの暮らしから戦争の跡が消えたわけではなかった。
を焼かれた。
疎先から戻れなかった。
が残っているのにが使っていた。
のだとりながら、そこしか眠る所がなかった。
忠雄は最初、に「を奪われた」とった。
美津もまた、杉浦が戻ってきた、自分たちの居所を奪われるとじたのだろう。
どちらか方だけが悪いのなら、話は簡単だった。
「ていけ」
「返さない」
そう言って争えばいい。
けれど、実際のは杉浦の仏壇を捨てず、根を直し、戸を直していた。
それでも、のものではないを返さなければならない事実も変わらない。
相が善ならを譲らなければならないわけではない。
自分に権利があるから相の事を無していいわけでもない。
忠雄はようやく、そのにあるものを考えられるようになった。
夕のあと、正が仏へった。
昔のようにをわせる。
千恵も隣へ座った。
忠雄は廊からその姿を見ていた。
「まだやるのか」
正が振り返った。
「だって来たから」
「もう毎朝やらなくてもいいんだぞ」
「分かってる」
正は笑った。
「ここ来ただけ」
忠雄も笑った。
それでいいとった。
は杉浦へ戻った。
だが、が暮らした7まで消す必はない。
広告
柱の傷。
直された戸。
しくなった仏の畳。
それらは、杉浦がだったの痕跡だった。
以なら、それを見るたび腹をてていたかもしれない。
今は違った。
自分たちがいなかったにも、このには朝があり、夜があり、誰かが子どもを叱り、誰かが病気になり、誰かが笑っていた。
が戻ることと、が戻ることは同じではない。
忠雄はそれを、とつのを過ごして初めてった。
それからいが流れた。
浩はを卒業し、京で働いた。
千恵も成してをた。
正と恵子もになり、と杉浦の付きいは形を変えながら続いていった。
毎週会うわけではない。
何も顔をわせない期さえあった。
それでも誰かが結婚すればらせが届き、誰かが病気になれば見いへった。
昭27のに同じ台所を使ったことをらない世代も増えていった。
忠雄は晩になっても、健の修繕帳を捨てなかった。
仏壇のの引きしへしまい、々取りして眺めた。
根。
戸。
。
仏。
たった数の修繕記録を見れば、会ったことのないの男の姿をいすことができた。
ある、浩が聞いた。
「父さん、何でそれそんなに事にしてるんだ」
忠雄は帳面を閉じた。
「このの記録だからだ」
「杉浦のじゃないだろ」
広告
「だからだよ」
浩にはが分かったようで、それ以は聞かなかった。
忠雄がくなった。
杉浦の仏壇へ最初に線をげに来たのは、すでにになっていた正だった。
浩は喪姿の正が仏へ正座するのを見て、わず笑った。
「相変わらずだな」
正も振り返って笑う。
「何が」
「うちへ来ると、まずそこだ」
正は線を本てた。
「親父に教えられたからな」
「何を?」
正はし考えた。
「のにがったら、まず挨拶しろって」
浩は吹きした。
「もう何来てるんだよ」
「それでものはのだ」
「昔から変わらないな」
はしばらく笑った。
そのあと正は、忠雄の位牌にも静かにをわせた。
かつて正が毎朝拝んでいた仏壇には、今度は忠雄の名も加わっている。
だった正へ「もう俺が線をげる」と言った男が、その仏壇のにいる。
浩は議な気持ちでその景を見ていた。
昭27。
杉浦が戻ったあの。
父はっていた。
自分たちのをらない族に奪われたとっていた。
美津も怯えていた。
夫を失い、幼い子どもを抱え、ようやく眠れる所まで失うとっていた。
もし父が最初の言葉通り、3でを追いしていたら。
もし健が「どうせ自分たちのではない」と、壊れた根も仏壇も放っておいたら。
つの族がその付きうことはなかっただろう。
けれど、誰かが特別に派だったからこうなったわけではない。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
母が守った「4人目」
昭和23年の冬。空襲で夫を亡くし、3人の子どもを育てる富美は、配給所へ行くたびに言い張った。 「うちは、子どもが4人です」 台帳に残るもう一人は、3年前の空襲で消息を絶った長男・正一だった。町内から「いない子の分まで受け取るのはずるい」と責められ、次男の昭夫まで学校で泥棒扱いされる。 耐えかねた昭夫が母に内緒で配給人数を訂正しようとすると、富美は物置へ彼を連れていった。そこには3年間、一粒も食べずに取っておいた正一の米があった。 「帰ってきた時、また“あなたの分はない”なんて言いたくなかったの」 しかし厳しい冬のある日、空腹で震える少年が家を訪れる。富美は長い間守り続けた甕を見つめ、やがて昭夫へ静かに告げた。 「取ってきて」――正一を待つための米が、今ここにいる子どもたちの命をつなぐ食事へ変わった夜だった。時代|歴史|昭和1.6万字5 16 -
完結第11話
出生届を止めた助産婦
昭和30年の秋、信州の山村で二人の女が同じ夜に女児を出産した。介助したのは、村でただ一人の助産婦・松永ハルだった。 一人目の赤子を連れて次の難産へ駆けつけたハルは、夜明け前の混乱の中で、二人をほんのわずかな間だけ同じ布団へ寝かせてしまう。 翌日、ハルは異変に気づいた。最初に生まれた子の左肩にあった青い痣が、もう一方の家にいる赤子へ移っていたのだ。 「この子の出生届だけは、あと二、三日待ってください」 問い詰められたハルは、ついに二人の赤子を取り違えた可能性を告白する。しかし血を確かめる術のない時代、頼れるのは曖昧な記憶と、痣や足の形だけだった。 しかも二人の母親は、すでに三日三晩、腕の中の赤子へ乳を与え、泣けば抱きしめていた。元へ戻すべき命と、もう生まれてしまった情――戸籍には記せない選択を、二つの家族が迫られることになった。時代|歴史|昭和1.6万字5 21 -
完結第12話
開けなかった手紙
昭和49年、過疎化が進む瀬戸内海の白波島。住民がわずか10世帯になっても、郵便配達員の木村正吉は毎朝、渡し船に乗って島へ通い続けていた。 島の高台に一人で暮らす大崎源次郎には、離れて暮らす三人の子どもから毎週必ず手紙が届く。ところが正吉が偶然目にしたのは、封も切られないまま何十通も積み上げられた手紙だった。 「読まないなら、なぜ受け取るんだ」 問い詰められた源次郎は、ようやく秘密を明かす。一通を明日へ残しておけば、明日起きる理由になる――手紙は孤独な老人が自分のために用意した「明日の予定」だった。 やがて島への毎日の定期便が廃止され、源次郎も娘の暮らす堺へ移ることを決める。最後の船が出る直前、正吉は娘から届いた一通の手紙を手渡した。 いつもなら明日まで開けないはずの源次郎が、その場で封を切った。そこには「今度からは手紙を書きません」と記されていた――もう手紙を残さなくても、明日になれば同じ家で話せるから。時代|歴史|昭和1.7万字5 28 -
完結第11話
最後の転校届
昭和40年、ダム建設によって水没する杉ノ沢村では、家々が次々と解体され、ただ一つの小学校にも5人の児童しか残っていなかった。 女性教師・森山佳代子が気にかけていたのは、6年生の中村修一だった。ほかの家族が転校手続きを終える中、修一だけは転校届を持ってこない。父親は移転に反対していないはずなのに、なぜ息子の進路だけ決めないのか。 ある日、佳代子が中村家を訪ねると、家はすでに取り壊されていた。修一は一か月以上も前に移転し、十数キロ離れた新居から、雨の日も自転車で旧村の学校へ通い続けていたのだ。 「なくなるなら、最後までいたい」 卒業まで杉ノ沢小学校へ通いたいと訴える修一。しかし冬が訪れ、雪にまみれて登校した少年を前に、佳代子はついに父親が差し出した転校届を受け取る。 故郷を奪いたくないという少年の願いと、未来へ送り出さなければならない教師の責任。村が湖底へ消える最後の春、二人の別れをつなぐ一枚の写真が残される――。時代|歴史|昭和1.6万字5 44