"出生届を止めた助産婦" 第1話
昭3010、信州のあいにあるさなでは、女が子を産むために病院へ向かうことは、まだ珍しいことだった。麓の町には診療所も産院もあったが、曲がりくねった峠を荷馬でりても半はかかり、やになればそのものが使えなくなる。
そんなで、赤子がまれるへ呼ばれるのは決まっての女だった。松永ハル、56歳。のは親しみと敬を込めて「ハル先」と呼び、20以にわたって、数え切れないほどの産声を聞いてきた助産婦である。
ハルはの顔と同じくらい、まれた赤子の特徴をよく覚えていた。髪が濃い、がさい、泣き声がい、の指がし曲がっている。戸籍のにかれないさな特徴まで覚えていることが、病院も医者もいこのでは切な仕事のつだった。
そのの1018、夕方から空が急に暗くなった。
のにむの清吉が、息を切らしてハルのへ駆け込んできたのである。
「先、静が始まりました」
清吉の妻・静は23歳。嫁いで2目に授かった初めての子で、腹がきくなるにつれて義母のフミも夫の清吉も、指折り数えてそのを待っていた。
ハルはすぐに産婆鞄を提げ、清吉と緒に坂をった。静のへ着くころには細いがり始め、板戸を叩く音が次第にくなっていた。
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静は奥の畳で、布団のに横たわっていた。額には汗が浮かび、陣痛が来るたびに両で布団をつかんだが、姑のでは声をげまいとして唇を噛んでいる。
「しすぎなくていいんですよ」
ハルが背をさすると、静はさく頷いた。初産で体もさく、っていたよりがかかりそうだった。
清吉は何度もと部をき来し、フミから「男がうろうろしたってまれやしないよ」と叱られた。それでも柱計が鳴るたびに、「まだですか」と聞きたそうな顔をハルへ向けた。
夜9を過ぎ、は本りになった。
その頃、のの炭焼きでは、別の女が腹を抱えていた。
作蔵の妻・千代、31歳。度目の産だったが、夫婦にとって今回の子は、ただの「目」ではなかった。
最初の男の子は、半でをしてくなった。目の女の子も2歳になるのに肺を患い、を迎えることができなかった。
千代は3目をごもってから、赤子のために縫った産着さえに見せなかった。
「無事にまれてからぶんだ」
そう言って、押し入れの奥へしまっていた。
けれどこの夜、千代の陣痛は急速にくなっていた。作蔵は何度もへて峠の方を見たが、頼りにしているハルはの静のへっているとらされていた。
「もうしだ。
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先は来る」
作蔵が言っても、千代は返事をする余裕さえなかった。
では、夜11を過ぎてようやく静の産がき始めた。ハルは湯を替えさせ、布を準備しながら、静の呼吸にわせて何度も声をかけた。
「もうし。次に痛みが来たら、力を入れましょう」
付が変わるし。
さな部に、鋭い産声が響いた。
「まれましたよ」
ハルが赤子を取りげると、静は放したように井を見つめた。それから「泣いてますか」と、掠れた声で尋ねた。
「元気に泣いています。女の子ですよ」
ハルは赤子の体を拭きながら、肩に米粒ほどのい青痣があることに気づいた。の指がし内側へ向いており、ハルは「まあ、かわいい」といながら、い産着へくるんだ。
清吉は赤子を見せてもらうと、何度もをげた。
「先、ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
フミも「女の子なら静に似たらいい」と言いながら、目尻を指で拭っていた。
ハルもようやく肩の力を抜いた。
ところが、その堵はほんのわずかしか続かなかった。
玄関の戸が激しく叩かれた。
「ハル先! ハル先!」
へび込んできたのは、炭焼きのくにむ13歳のだった。髪も肩もずぶ濡れで、息をするたびに胸をきくさせている。
「千代さんが変だ! 血がてるって、作蔵さんが!」
ハルの顔から血の気が失せた。
本来なら、産もない静のそばにしばらく残らなければならない。
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