"出生届を止めた助産婦" 第8話
静はしばらく千代を見つめ、それから笑った。
つのは、それまで特に親しい柄ではなかった。
清吉はの。
作蔵は炭焼き。
ものと。
活のも違う。
それが赤子をきっかけに、祭りや正だけでなく普段からき来するようになった。
のには面半分に見る者もいた。
「どっちがどっちか、まだ怪しいもんだ」
「きくなったら顔を見れば分かるだろう」
そんな話をする者もいる。
そのたび清吉は腹をてた。
ある、酒ので男たちが幸子と子の話をしているのを聞き、「うちの娘を見世物にするな」と鳴った。
作蔵も同じだった。
は元々それほど親しくなかったが、この頃から緒に酒をむようになった。
「おも言われるか」
清吉が聞く。
「言われる」
作蔵は盃を置いた。
「まあ、言わせておけ」
「腹たんのか」
「腹つよ」
作蔵はし笑った。
「でも俺がって子を抱けなくなるわけじゃない」
清吉も苦笑した。
方、ハルは以のようには戻れなかった。
産の依頼は減った。
「また違えられたら困る」
でそう言うもあった。
麓の町まで無理をしてでも産院へく若い夫婦も現れた。
ハルは責めなかった。
当然だとっていた。
をれようともした。
しかし静に止められた。
「先がいなくなったら困るがいます」
「でも、わたしは」
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「先がしたことを忘れたわけじゃありません」
静ははっきり言った。
「忘れません」
ハルは黙った。
「でも、だからって今まで先が助けた子まで、いなかったことにはならないでしょう」
その言葉は、ハルにとって救いであり、罰でもあった。
忘れてもらえない。
許されたとも言われない。
それでも、ここできて責任を持てと言われている気がした。
ハルはに残った。
そのは、赤子を取りげるたび、産着へ必ずごとに違う糸を縫いつけるようになった。産がなりそうなには、どれほど急いでいても特徴をへいた。
度と同じことを起こさない。
それがハルにできる唯の償いだった。
翌の。
幸子と子は、同じに初めてちがった。
の族が集まっていた祭りのだった。
幸子が静の膝をれ、ふらふらと歩む。
それを見ていた子も、千代のをした。
「った!」
清吉が叫ぶ。
「子もだ!」
作蔵も声をげた。
の娘は転びながら、同じ所で泣いた。
母親たちはそれぞれ自分の娘を抱きげた。
それから顔を見わせ、声で笑った。
くから見ていたハルは、久しぶりに胸の痛みがしだけ軽くなるのをじた。
幸子と子が5歳になる頃には、で取り違えの話をする者はほとんどいなくなった。
子どもたちは何もらず、緒に田んぼのあぜをり、川で魚を追った。
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はれていたが、祭りや盆になると必ずどちらかので顔をわせた。
毎、祭りのには清吉と作蔵が娘たちへ同じ柄の髪飾りを買った。
最初は偶然だった。
ともで赤いの髪留めを選んでしまったのである。
「同じじゃないか」
清吉が笑うと、作蔵も「じゃあ毎同じにするか」と言った。
それ以来、の娘は祭りのだけ、同じ髪飾りをつけるようになった。
「私たち姉妹みたい?」
子が聞いた。
静は笑った。
「姉妹じゃないけど、姉妹みたいなものかもね」
「どっちがお姉ちゃん?」
「幸子の方がしくまれた」
千代が答える。
「じゃあ幸ちゃんがお姉ちゃん!」
「嫌。ちゃんの方が背がいもん」
子どもたちはそんなことで喧嘩した。
たちだけが、そのやり取りを聞くたびに複雑な笑みを浮かべた。
にいつ真実を話すか。
それはい、の親を悩ませた。
「言わなくてもいいんじゃないか」
清吉は度そう言った。
幸子が7歳になった頃だった。
「あの子たちは今、普通に育ってる。わざわざ混乱させる必があるのか」
作蔵も最初は同した。
しかし静は首を横へ振った。
「でから聞いたらどうするの」
にはまだっているがいる。
子ども同士の喧嘩で、誰かが面半分ににする能性もあった。
「私、自分の娘に嘘をつき続けるのは嫌です」
千代も同じ考えだった。
「言うなら、さいうちからしずつ話した方がいいとう」
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