"百円だけの香典" 第3話
健は百円の入った袋を徳のへ押し戻した。
徳はしばらく抵抗していたが、最には何も言わず受け取った。それでも納得した顔ではなく、むしろ何か切な約束を破ったような寂しさが残っていた。
その、トヨは健を台所へ呼んだ。
「今のはし言い過ぎじゃないかい」
「どうして?」
「徳さんは、返したかったんだよ。返して初めて気持ちが落ち着くことだってある」
母に言われると、健にも反論しきれなかった。
トヨは流し台の横に置かれた古い箱から、典帳を冊取りした。表には昭31から昭33までとかれており、源吉自の字で額が記されている箇所もあった。
田徳 妻葬儀 千円。
確かにいてある。
そのには百円、百円、百円という数字が並んでいた。
「お父さんはでは簡単にしろって言ってたけど、自分はちゃんと付きってきたんだよ」
トヨは帳面を撫でながら言った。
「に返さなくていいなんて言うなら、どうして自分はこんなに包んできたんだろうね」
健には、その問いへの答えがなかった。
父は古い習慣を批判しながら、その習慣ので誰より律儀にきていた。
その矛盾が、い枚では片づけられないほどくじられた。
通夜が始まる頃には、典の件は弔問客のにも広がっていた。
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「は百円しか取らないらしい」「典返しもさないそうだ」と声で話すが増え、面がる者もいれば、骨に眉をひそめる者もいた。健は誰かに説するたび、自分が父の名を使って勝なことをしているのではないかという迷いをめていった。
夕方には、取引のあるの会社から社が訪れた。受付へ千円の典を差しし、百円だけ受け取ると説されると、男はらかに嫌になった。
「うちのがらないということですか」
「そういうではありません」
健がていって事を説したが、社は納得しなかった。自分の父親の葬式には源吉がきちんと典を持ってきた、それなのにこちらからのを拒否するのは礼を欠いていると声を荒らげた。
「さんにはいこと世話になったんだ。千円くらい包ませてくれたっていいでしょう」
「お気持ちは全部いただきます。ただ、おは百円で分です」
「それじゃ、私の気が済まない」
「申し訳ありません」
最まで健が折れなかったため、男は千円の典袋を持ったまま帰ってしまった。トヨはその背を見送り、座敷へ戻ってきた健に厳しい目を向けた。
「ほらごらん。お父さんが30かけて作った付きいを、おがで壊してるんだよ」
その言葉は、栄作に鳴られるより痛かった。
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健は何も言わずをげ、そのをれた。
夜10を過ぎ、通夜の客がようやく途切れた頃、には線の匂いと片づけの音だけが残っていた。親戚は奥の座敷で酒をみ直していたが、健はで父の寝へ入り、押し入れのに座った。
典帳をもう度確かめたかった。
父が本当にどんな付きいをしてきたのか、自分の記憶だけではなく記録で見直したかった。
押し入れには帳面だけでなく、の古い伝票、町内会の資料、戦の写真、箱に入れた領収などが詰め込まれている。トヨが管理していた典帳を取りそうとした、健は奥の壁との隙に冊のい学ノートが挟まっていることに気づいた。
表には何もかれていなかった。
いてみると、父の字だった。
最初はの支払いについてかれた覚えきだとった。ところが数ページめくったところで、健はを止めた。
《昭316 田徳 千円》
典帳と同じ名、同じ額だった。
だが、その横には赤鉛でさく文字が添えられている。
《返礼》
健は眉を寄せ、次のページをめくった。
《林 百円 男入院につき返礼》
《 百円 借あり。次回受け取るな》
《田徳 千円 妻の治療費で貯えなし。典ではなく当座の助けとえ》
ページをめくるたび、同じような記録が続いた。
表向きの典帳には額だけ。
こちらには。
なぜその額をしたのか。
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