"百円だけの香典" 第7話
32、町の評判を気にして暮らしてきただからだ。
ところがしずつ、別の声も届くようになった。
所の女性が買い物帰りにち寄り、「うちも今度の法事、典返しを簡単にしようかとっている」と話した。別の老は、「百円までとはできないが、せめて返礼をやめられたら助かる」と言った。
変化はさかった。
誰も斉に真似したわけではない。
それでも。
「みたいにしてもいいのかもしれない」
という選択肢が。
町のにまれた。
番変わらなかったのは栄作だった。
兄の葬式はもっと派にすべきだったと、会うたびに繰り返した。けれど健は、以のように叔父へ腹をてなくなった。
栄作もまた、の付きいを守ろうとしているだけなのだ。
ある、栄作がへやってきた。
「来、うちの義父の回忌がある」
「そうなんですか」
「典は取らんことにした」
健はわず叔父を見た。
栄作は嫌そうな顔のままだった。
「百円なんてかんぞ。ただ、内だけでやる。返しも用しない」
「叔父さん、それって……」
「おの真似じゃない」
栄作はすぐ否定した。
「女が変だからだ。返礼の品を選んで、軒軒届けて回るだけで何も潰れる」
健は笑いそうになったが、こらえた。
理由は何でもいい。
負担を減らす。
その歩が。
誰かのでも。
広告
始まる。
それで分だった。
母のトヨも、しずつ古い典帳をかなくなった。
以なら誰かので幸があると、最初に押し入れから帳面をし、「このからはいくらもらった」と確認していた。今はそのの事を考え、自分たちに無理のない額を持っていく。
ある夜、トヨは典帳を閉じながら言った。
「議なものだね。帳面を見なくても、付きいはなくならないんだね」
健は答えなかった。
その言葉を。
父に。
聞かせたかった。
が終わり、の々がしずつづき始めた頃、田徳の母がくなった。を越えていたため町の々も覚悟はしていたが、畑仕事を続けてきた女性だっただけに、らせを聞いてくのが田へ向かった。
健もをしくがり、喪へ着替えて田へ向かった。
玄関へづくと。
が止まった。
柱に。
いが貼られている。
《御典は世帯百円まででお願いいたします。御返しはいたしません》
のと。
ほとんど同じ文章。
違うのは。
番に。
《田徳》
とかれていることだけだった。
受付に座っていた徳は、健を見るとし照れたように笑った。
健は財布から百円玉を枚した。
「なくてすみません」
わざとそう言うと。
徳は笑った。
「分だよ」
とも、それ以は言わなかった。
広告
受付の横には、しい靴を履いた徳の娘が座っていた。
に健が返した百円。
そので買った靴だった。
娘は健を見ると、丁寧にをげた。
その姿を見た瞬、健は胸の奥がくなった。
もし。
あの。
千円全部を。
受け取っていたら。
この靴は。
なかったかもしれない。
もちろん。
百円で。
が変わるわけではない。
けれど。
きているの。
今の暮らしが。
し良くなる。
父が。
守ろうとしたのは。
そういうことだったのかもしれない。
通夜にはのと同じように、百円ではなすぎると満を言うもいた。だが徳は健よりずっと説が単純だった。
「うちはがないからな。にも無理させん代わりに、こっちも無理しないことにした」
それを聞くと、ほとんどのは何も言えなかった。
見栄でもでもなく。
活のため。
そう言われれば。
反対する理由は。
なくなる。
帰り、健は栄作と緒になった。
叔父も百円だけ置いてきたらしい。
「どうだった」
健が聞くと、栄作はし満そうにを鳴らした。
「百円玉枚持って葬式へくのは、まだ落ち着かん」
「俺も最初はそうだったよ」
「でもまあ」
栄作は暗いを歩きながら続けた。
「徳の顔は楽そうだったな」
その言葉だけで分だった。
翌の、鉄は源吉がいた頃とほとんど同じ17で仕事を続けていた。
健は父のように何でも引き受けるやり方をしずつ変え、支払い条件をにして取引先へ説するようになった。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
破られた団地当選通知
「せっかく当たったのに、どうして破いたんですか!」 昭和35年、7人で暮らす古い長屋に、公団住宅の当選通知が届いた。 風呂も水洗便所もあり、3人の子どもには初めて自分たちの部屋ができる。 家族全員が喜んだ3日後、その通知は4つに裂かれてゴミ箱から見つかった。 破いたのは、同居する母だった。 「一生、私たちをこの長屋に閉じ込めるつもりですか」 嫁に責められても、母は理由を話そうとしない。 息子夫婦は、破れた通知を持って公団の案内所へ向かった。 当選はまだ取り消されておらず、案内された部屋は日当たりのよい3DK。 ところが建物の前で、嫁の足が止まった。 割り当てられた部屋は、エレベーターのない4階だった。 その細く長い階段を見上げた瞬間、家族は母が通知を破いた本当の理由に気づき始めた――。時代|歴史|昭和1.6万字5 8 -
完結第11話
母が守った「4人目」
昭和23年の冬。空襲で夫を亡くし、3人の子どもを育てる富美は、配給所へ行くたびに言い張った。 「うちは、子どもが4人です」 台帳に残るもう一人は、3年前の空襲で消息を絶った長男・正一だった。町内から「いない子の分まで受け取るのはずるい」と責められ、次男の昭夫まで学校で泥棒扱いされる。 耐えかねた昭夫が母に内緒で配給人数を訂正しようとすると、富美は物置へ彼を連れていった。そこには3年間、一粒も食べずに取っておいた正一の米があった。 「帰ってきた時、また“あなたの分はない”なんて言いたくなかったの」 しかし厳しい冬のある日、空腹で震える少年が家を訪れる。富美は長い間守り続けた甕を見つめ、やがて昭夫へ静かに告げた。 「取ってきて」――正一を待つための米が、今ここにいる子どもたちの命をつなぐ食事へ変わった夜だった。時代|歴史|昭和1.6万字5 491 -
完結第11話
出生届を止めた助産婦
昭和30年の秋、信州の山村で二人の女が同じ夜に女児を出産した。介助したのは、村でただ一人の助産婦・松永ハルだった。 一人目の赤子を連れて次の難産へ駆けつけたハルは、夜明け前の混乱の中で、二人をほんのわずかな間だけ同じ布団へ寝かせてしまう。 翌日、ハルは異変に気づいた。最初に生まれた子の左肩にあった青い痣が、もう一方の家にいる赤子へ移っていたのだ。 「この子の出生届だけは、あと二、三日待ってください」 問い詰められたハルは、ついに二人の赤子を取り違えた可能性を告白する。しかし血を確かめる術のない時代、頼れるのは曖昧な記憶と、痣や足の形だけだった。 しかも二人の母親は、すでに三日三晩、腕の中の赤子へ乳を与え、泣けば抱きしめていた。元へ戻すべき命と、もう生まれてしまった情――戸籍には記せない選択を、二つの家族が迫られることになった。時代|歴史|昭和1.6万字5 284 -
完結第10話
知らない家族が守った家
昭和27年、7年間接収されていた世田谷の自宅へ、ようやく戻った杉浦一家。 ところが庭には洗濯物が干され、家の中には見知らぬ母子が暮らしていた。しかも7歳ほどの少年が、杉浦家の仏壇に毎朝手を合わせていた。 「今週中に出ていってください」 家を取り戻した忠雄に譲るつもりはなかった。しかし母子には行き先がなく、二つの家族は一時的に同じ屋根の下で暮らすことになる。 やがて押し入れから、亡くなった母子の父親が残した古い帳面が見つかった。そこには屋根や雨戸、仏間を修理した7年間の記録が、細かな日付とともに記されていた。 「ここは自分たちの家ではない。いつか持ち主が帰ってくる」 少年が仏壇へ手を合わせていたのは、帰る場所を失った父が、まだ見ぬ家主のために守り続けた約束だった――。時代|歴史|昭和1.5万字5 123 -
完結第12話
開けなかった手紙
昭和49年、過疎化が進む瀬戸内海の白波島。住民がわずか10世帯になっても、郵便配達員の木村正吉は毎朝、渡し船に乗って島へ通い続けていた。 島の高台に一人で暮らす大崎源次郎には、離れて暮らす三人の子どもから毎週必ず手紙が届く。ところが正吉が偶然目にしたのは、封も切られないまま何十通も積み上げられた手紙だった。 「読まないなら、なぜ受け取るんだ」 問い詰められた源次郎は、ようやく秘密を明かす。一通を明日へ残しておけば、明日起きる理由になる――手紙は孤独な老人が自分のために用意した「明日の予定」だった。 やがて島への毎日の定期便が廃止され、源次郎も娘の暮らす堺へ移ることを決める。最後の船が出る直前、正吉は娘から届いた一通の手紙を手渡した。 いつもなら明日まで開けないはずの源次郎が、その場で封を切った。そこには「今度からは手紙を書きません」と記されていた――もう手紙を残さなくても、明日になれば同じ家で話せるから。時代|歴史|昭和1.7万字5 96