"百円だけの香典" 第9話
と声をかけ、健も「お疲れさん」と返した。
源吉が30かけて残したものは。
だけではない。
典帳に。
並んだ額でもない。
誰かが困れば。
顔を見にく。
病気をすれば。
べ物を届ける。
仕事がなければ。
仕事を回す。
葬式なら。
線をあげにく。
そういう。
額では。
測れないもの。
だった。
昭34の。
父の葬式の。
健は玄関へ枚のを貼った。
《御典は世帯百円まででお願いいたします。御返しはいたしません》
親孝だと言われた。
けちだとも言われた。
父が30かけて作った付きいを壊すつもりかと、母にまで責められた。
それでも。
数経って。
健は。
ようやくう。
あのは。
との付きいを。
終わらせるための。
ではなかった。
「あのから百円もらった」
「だから今度は百円返さなければ」
「あのから千円受け取った」
「なら、うちも千円包まなければ」
そんな計算を。
どこかので。
度。
止める。
そして。
返してもらうことを。
期待せず。
困っているには。
を差しす。
は残す。
の借だけを。
終わらせる。
父ができなかったことを。
息子が。
しだけ。
先へめた。
それだけの。
さな来事だった。
けれど。
田の玄関に。
同じいが。
貼られたのことを。
健は。
涯忘れなかった。
百円玉枚を。
受付へ置いた。
徳は。
笑って言った。
「分だよ」
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その言こそ。
源吉が。
最に残したかった。
しい付きい方の。
始まりだったのかもしれない。
それからさらに5が過ぎた昭39の、鉄のにはしい旋盤が台入った。建物そのものは源吉がきていた頃とほとんど変わらなかったが、職は21に増え、健もいつしか若い者から「親方」と呼ばれるようになっていた。そう呼ばれるたびにしくすぐったくじる方、父が背負っていたもののさを、以よりにじるようにもなっていた。
あるの夕方、仕事を終えた健が事務所で伝票を理していると、見慣れない青が訪ねてきた。20歳をし過ぎたくらいで、よそきの着を着ているものの袖には何度も繕った跡があり、の入で子を両に持ったまま落ち着かなそうにっている。名を聞くと、青は「田正雄です」と答えた。
徳の男だった。5にはまだ学だったが、今では父親と同じくらいに焼けた顔をしていることに健は驚いたが、正雄は挨拶もそこそこに「ここで働かせてもらえませんか」とをげた。農業だけでは計が苦しく、妹もまだ学へ通っているため、自分が町で働いてへを入れたいのだという。
「お父さんには相談したのか」
「反対されました。
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さんのところにこれ以世話になるわけにはいかないって」
その言葉を聞いて、健はわず苦笑した。徳は5から何も変わっていない。から受けたものは必ず返さなければならないとい、今度は息子の就職まで「借り」になることを恐れているのだろう。
健は正雄をそので採用するとは言わなかった。翌朝、の応募者と同じようにへ来るよう伝え、簡単な計算問題と具の扱いを見たで、松井たち古参職にも見を聞いた。正雄は経験こそなかったが、先が器用で覚えもく、何より分からないことをごまかさず質問できるところを松井が気に入った。
3、健は徳のへ向かった。畑から戻った徳は、息子を雇うつもりだと聞いた瞬に「だめだ」と首を振り、自分のばかりに助けてもらうわけにはいかないと言った。健は縁側へ腰をろし、5の葬式のと同じことをまだ言っているのかと笑った。
「徳さん。正雄を雇うのは、あんたを助けるためじゃありません。あいつがで使えそうだから雇うんです」
「でもな、源吉さんには昔から……」
「それをまた帳面につけるんですか」
徳は黙った。
健は庭先に置かれた農具を眺めながら、父の学ノートのことをいしていた。源吉はを助けるたび、その理由を自分だけの帳面へき残していたが、それは返してもらうための記録ではなかった。
誰がどれだけ苦しかったかを忘れないための、あるでは自分への戒めだったのだとう。
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