"墓前の少女は「娘は生きてる」と言った" 第4話
その頃から咲は、記をつけ始めた。言われた言葉、渡された活費、病院でもらった類、体に残った痕の写真を、目につかない所へしずつ隠した。逃げる計画があったわけではなく、ただ「いつか自分が違っていないと確かめるものが必になる気がした」のだという。
そして、豪の夜が来た。
町に避難放送が流れ、川の位が急激にがっていた。修司は仕事先から戻れず、臨にかった咲はでにいた。テレビの速報を見ながら、咲は突然「今しかない」とった。
鞄の部、定期入れ、修司から持たされていた携帯話を持ち、のを川沿いまで歩いた。それらを増した川敷のくへ残し、がづいてくるのを見届けると、別のから駅へ向かった。財布のには、嫁ぐ朝に私が帯のへ押し込んだつの封筒が入っていた。
「いよいよ困ったにだけけなさい」
そう言って渡した、私のへそくりだった。
「まさか、あれを……」
「ずっと持ってた。あのおがなかったら、ここまで来られなかった」
咲は夜けの始発に乗り、名も告げずに泊めてくれる所を探しながら、しずつくへ移した。最終にこの辺の町へ辿り着き、今の堂を営む初という女性に助けられた。元をかせる物を何つ持っていなかった咲を、初は事を聞かずに働かせ、の裏にあるこの借まで貸してくれた。
広告
「私がんだとってくれれば、それで終わるとったの」
咲は言った。
「じゃあ、どうしてうちへ帰ってこなかったの?」
それだけは聞かずにはいられなかった。
咲はい黙っていた。やがて顔をげ、私が予していなかった名をにした。
「だって、お母さんのには、修司さんがってたでしょう」
私は何も言えなくなった。
「毎、命のに」
「どうして、それを……」
「友達が教えてくれたの。あの、最初から私がんだなんてってなかったのよ」
7、き妻を忘れられない気の毒な夫だとってへげてきた男の顔が、私のでゆっくり裏返った。
修司が毎聞いていた、郵便のこと。
訪ねてくるのこと。
娘の荷物のこと。
昔の友のこと。
あれは未練ではなかった。
娘が戻ってくる所を見張るための、確認だった。
「修司さんは、咲がきていると?」
私は何度も聞き返した。咲は、失踪からほど経った頃に昔の友がこの町まで訪ねてきてくれ、その初めて修司のきをったという。表向きには妻を失った夫として振るいながら、友や親戚へ咲から連絡がなかったか確かめ、私のへも定期に通っていた。
豪による危難失踪として庭裁判所の続きをめたのも修司自だった。戸籍のでは妻をくしたことにしながら、方では「きているかもしれない」
広告
という提で咲の周囲を探り続けていたのである。咲にとってそれは、諦めたのではなかった。
「んだは自分の名義で働けないし、部も借りにくい。子どもの届けをせば記録が残る。あのは、それを分かってた」
咲は声を落とした。
「私が困ったら、最には実を頼るってってたのよ」
その言葉を聞いた瞬、修司が仏壇ので私に尋ね続けた質問が、つの線につながった。私は彼にとって義母ではなく、仕掛けた網の部だったのだ。咲からが届けばり、誰かが訪ねれば聞き、娘が戻れば真っ先に修司へつながる所として、私のは7見張られていた。
「それなのに、お墓には来なかったの?」
私の問いに、咲は初めてしだけ笑った。笑ったといっても、唇がかすかにいただけだった。
「だから、お墓だけはけたの」
咲は毎、命の夜けにこの町から寺まで向かった。のないを選び、幼かったゆきを連れて、い野のを咲の名が刻まれた墓へ供えた。自分がきているのに自分の墓へを置くことが、どんな気持ちだったのか、私は怖くてすぐには尋ねられなかった。
ゆきが歩けるようになると、毎同じを通った。寺の坂も墓の所も覚え、そこに刻まれた女のが自分の母親であることも、幼いなりに理解するようになったらしい。
広告
おすすめ作品
-
完結第18話
結婚初夜、義母を助けた私を殴った夫の誤算
結婚初夜、夫の実家で義父が義母の首を絞める現場を目撃した公認会計士の直美。助けようとした彼女を、信じていた夫・翔太は平手打ちし、「見て見ぬふりを覚えろ」と命じた。直美は義母を病院へ運ぶが、夫一家は弁護士と金の力を使い、彼女の口を封じようと動き始める。そんな中、義母が密かに託していた記憶装置が見つかった。嫁姑|絶縁|親子関係|介護2.6万字5 210 -
完結第25話
母との同居後、妻が倒れた――医師が私だけ呼んだ理由
父を亡くした春樹は、一人暮らしの母・節子を心配し、妻の夏美と三人で暮らし始める。家事も母の通院もこなす妻を見て、同居はうまくいっていると思っていた。ところがある朝、夏美が突然倒れ、救急搬送される。医師に一人だけ呼ばれた春樹は、妻の体に起きていた異変を知らされる。変更された婦人科の予約、開かれなかった白い封筒、妻に任せきりだった家の用事。自分は家族を守っているつもりだったのに、何を見落としていたのか。人生逆転|嫁姑|夫婦|親子関係3.1万字5 284 -
完結第20話
大正、子守奉公の少女
大正時代、貧しい農家に生まれた十一歳の少女は、「三度の飯」を条件に子守奉公へ出された。赤ん坊を背負う毎日から工場近くの家、東京の屋敷へ。三年分の奉公賃は家族に渡され、働く場所も自分では決められなかった。やがて海を越えて旅順へ渡った彼女は、子どもたちの世話をしながら、文字を覚え、針仕事を学び、少しずつ自分の世界を広げていく。誰かのために働くことしか知らなかった少女は、いつか自分の人生を選べるようになるのだろうか。時代|歴史|真相2.8万字5 12 -
完結第15話
50万円で嫁がされた私、6年後に見た父の姿
昭和63年、教師になることを夢見ていた19歳の藤崎千春は、父が受け取った50万円の結納金と引き換えに、東北の山村へ嫁がされる。進学を諦め、過酷な農作業に追われる毎日。ところが、段ボールの底に隠していた受験参考書を義母に見つけられた日、千春の運命は思いがけない方向へ動き始める。夫と義父母の支えで夢を取り戻した千春は、6年後、教師となって実家へ帰る。しかし庭先で目にしたのは、かつて自分の進学を許さなかった父の、信じられない姿だった。第二の人生|親子関係|金銭問題2.4万字5 432 -
完結第20話
父の死後、姉に追い出された私が嫁いだ農家の秘密
五年間、父の介護を一人で担ってきた三十三歳の美咲。ところが父の死後、二人の姉は遺産の独占を企て、美咲に実家から出ていくよう迫った。失意の中、美咲は交際相手の米農家・宮田大輔との結婚を決意する。しかし嫁ぎ先には七千二百万円もの借金があり、姉たちからも貧乏農家の嫁だと嘲笑される。それでも夫と田んぼを守ろうと決めた美咲に、大輔は「明日、俺の仕事場を見てほしい」と告げる。翌朝、連れていかれた巨大な倉庫で、美咲は思いもよらない光景を目にする――。夫婦|相続|絶縁|親子関係2.6万字5 495 -
完結第17話
忘れたコートが教えてくれたこと
結婚式まであと3週間。高橋ゆいは婚約者・博人の実家に忘れたコートを取りに戻り、衝撃的な会話を耳にする。食卓に広げられていたのは、祖母から相続した自分のマンションを、博人の実家が営む会社の追加担保にする計画書だった。しかも本人への説明は「婚姻後1週間」の予定。14人の従業員を守るためだと訴える婚約者の母と、すべてを知りながら黙っていた博人。人生逆転|裡切られた|夫婦|真相|修羅場2.0万字5 410 -
完結第20話
死んだ母を名乗る女
母を亡くして二年。三十歳の浅沼美咲は、空き家となった実家を片付けている最中、郵便配達員から思いがけない言葉を告げられる。「先月もお母様にお会いしましたよ」。亡くなったはずの母を名乗り、郵便物を受け取っている女がいるというのだ。家の中に残された生活の痕跡、天井裏から聞こえる不審な物音、そして母宛てに繰り返し届く現金書留。兄とともに調べ始めた美咲は、疎遠だった叔母の影と、母の遺産をめぐる不穏な思惑に気づく。死者の名を使ってまで隠そうとした秘密とは。真相|親子関係2.3万字5 1195 -
完結第20話
シャッターを切らなかった日
昭和46年、水俣。写真館で働く17歳の村瀬航一は、町の現実を新聞に伝えようと、仕立て屋の橋本夏枝にカメラを向ける。しかし、彼女から「撮らないで」と拒まれた後、以前撮った手の写真が本人の了承なく新聞に掲載されてしまう。その一枚は夏枝の仕事と暮らしに思わぬ影響を及ぼした。工場で働く父、被害を訴える住民、善意で支援する人々。それぞれの事情に触れるなかで、航一は問い始める。人の苦しみを伝えることと、その人の人生を勝手に語ることは、同じなのだろうか。激動の昭和を背景に、写真と人間の尊厳を描く物語。時代|歴史|昭和|真相2.7万字5 57 -
完結第12話
消えた路地の矢印
昭和39年、東京オリンピックを目前に控え、東京の街は急速に姿を変えていた。23歳の標識職人・黒田俊も、新しい道路の案内板を作る仕事に追われていた。ところが工事によって古い路地が封鎖され、診療所へ通う老人や商店の人々が行き場を失い始める。立ち退きを迫られる活版所の親子、変わり続ける迂回路、そして正しいはずの標識に迷わされる人々。時代|歴史|昭和|真相|修羅場2.8万字5 46