みかん小説
本棚

"「帰ってこなくていい」と笑った家族――20年目の離婚届" 第9話

70件になかった言葉

「俺が悪かった。だからへ帰ってくれ」

浩司はを気にしながら声を落とした。所のに聞かれることを恐れているのだろう。私は玄関からりず、両親が見守るで尋ねた。

その謝罪には、何を悪かったとっているのかがつもなかった。以の私なら、それでも謝ってくれたことにし、話をく収めるために自分から玄関をりていただろう。

「なぜ帰ってほしいの?」

「なぜって、里奈が困っている。もめちゃくちゃだし、17には親戚が来る。それに、会社の件だって、おからお義父さんに説してもらえば……」

数秒待ったが、続きはなかった。

つね。里奈が困る。事をするがいない。会社でのを戻したい」

「そういう言い方をするな。俺たちは20も夫婦だったんだぞ」

「その20のうち、私がを空けたのは何あった?」

浩司は眉を寄せた。私の母が入院したでさえ、帰りで世話をして夕までに戻った。里奈の修学旅も、浩司の両親が来るからとで布団を干した。数えられないのではない。数えようとったことがなかったのだ。

「70回話をかけたに、私がなぜていったのか、度でも考えた?」

浩司は答えず、唇を引き結んだ。

「今どこにいる、無事なのか、つらくなかったのか。そのうちつでも、私に聞いた?」

広告

昨夜の着信履歴をき、画面を浩司へ向けた。午120分から8まで、同じ名が70並んでいる。

「あなたが欲しいのは私じゃない。事を作り、洗濯をして、親戚を迎え、社へつながる妻という役割よ」

「里奈を捨てるのか」

「捨てない。里奈は19歳で、私たちは婚しても両親であることは変わらない。学費も必な相談も、責任を持って話しう。でも、娘の世話を理由に元のへ戻ることはしない」

浩司は今度こそ困惑した顔をした。私が娘への責任と、妻として耐え続けることを分けて考えるとはっていなかったのだ。

「おで暮らせるわけがない。パートの料でどうする」

「9から正社員になる。24万円、社会保険付きで賞与は2回。昨、正式に受けると返事をしたわ」

さんから届いた採用条件は、鞄のに入っている。額をにしても、以のようなろめたさはなかった。14積みねた仕事が、ようやく私自活を支える形になっただけだ。

所も、職まで駅の物件を野さんが紹介してくれていた。まだ契約はしていないが、るい台所とさなベランダの写真を見た、私はそこで自分分の朝を作る姿を初めて像できた。

「聞いてないぞ」

「あなたは私の仕事を『計のしにもならない』と言って、聞こうとしなかったでしょう」

広告

浩司は何か言いかけたが、父が見ていることに気づいてみ込んだ。

「それから相川さんと畑さんに、きちんと謝って。司のを使って私類へ署名させたことは、私たちの婚とは別の問題よ」

「俺に説教するために呼びしたのか」

「呼びしていないわ。あなたが来たの」

父がさく息を吐き、母は唇を結んだ。浩司は玄関に来てから度も、私が今夜どこで眠るのか、持ちのおはあるのかと尋ねなかった。私がでは暮らせないと言いながら、になった私の活には関がない。その矛盾が、ようやくはっきり見えた。

母が私の隣へち、浩司をまっすぐ見た。

「浩司さん。20に、真由美へ何回ありがとうと言いましたか」

70件の着信を残したから、答えはなかった。

私は静かに玄関の扉を閉めた。鍵がかかるさな音を聞いた瞬、胸の奥に残っていた緊張がほどけていった。

扉の向こうでは、浩司がしばらくかなかった。やがて砂利を踏む音がざかり、のエンジン音も消えた。

へ戻ると、壁のカレンダーには赤い丸で「17 親戚8」とかれていた。

あと2。これまで私がえてきた盆の卓を、今度は浩司と里奈がで迎えることになる。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: