"合格発表の日、父が消えた" 第11話
の自由な修でも着やすいよう、袖はボタンではなく面ファスナーになっていた。
それは許しではなかった。
これから事実を話し続けるため、寒さで体を壊さないでほしいという、ただつの現実な表示だった。
の話しいは、度では終わらなかった。翌は修が栞の卒業式へ来なかった理由、その次は真理子が事件の記事を押し入れへ隠した理由を話した。答えを聞くたびしいりがまれることもあり、栞は途で席をった。それでも修は消えず、真理子も「忘れなさい」と言わなくなった。
ある、修は当の格祝いとして貯めていた通帳を差しした。失踪にを付けず、わずかな利息だけが増えていた。栞は受け取らず、父自の治療費に使うよう返した。学へくなら、自分で働いて払える範囲を選ぶ。それはではなく、学ぶことを誰かの償いにしないための線引きだった。
修は通帳を引っ込め、「分かった」と答えた。その言に満を混ぜなかったことで、栞は初めて、父が自分の決定をそのまま受け止めたとじた。
栞は邦学の特別入学を辞退した。その代わり、自宅から通える公学の夜主コースを、自分で受験すると決めた。学ぶのは会計監査だった。続けてきた仕事の延でありながら、企業の数字だけでなく、数字を作るの事まで確かめられる識をにつけたいとった。
広告
受験勉は、歳のころより楽ではなかった。仕事を終えてから教科をくと、文字が滲むほど眠いもある。真理子は夜を作りすぎないよう気をつけながら、蔵庫にさなおにぎりを入れた。修は週に度、郡からを送ったが、勉法を指図することも、否を尋ねることもしなかった。
父は埼玉へ戻らず、川瀬製本所で勤務を再した。事故の遺症があってもできる検品作業を任され、録音の証拠提や事聴取のたびにこちらへ来た。栞とはに度、駅の喫茶で会い、の来事をずつ話した。
修が語る暮らしは、特別な逃活ではなかった。い弁当を買い、と寮を往復し、正にはで蕎麦をべた。だからこそ栞は、父が戻る会を度や度ではなく、常ので何千回も見送ったのだと理解した。
真理子とも、すぐに夫婦へ戻ることはなかった。は婚届をしていなかったが、法な関係だけでを埋めることはできない。真理子は、修がくへ移るなら別に部を借りるよう伝えた。修は反論せず、来になったら考えると答えた。
試験当の朝、栞はい目覚まし計の音で起きた。澤がに直した歯は、今もし遅れながらいている。壁の計は、真理子がようやく正しい刻へ戻していた。
広告
会へ向かう駅で、修が待っていた。紺の着を着て、にさな袋を提げている。栞は驚いたが、なぜ来たのかとは聞かなかった。
「終わるまで待っていようか」
「待たなくていい。受かっても落ちても、今は自分で帰るから」
修は瞬寂しそうな顔をしたあと、「分かった」と頷いた。袋のには、苺のケーキではなく、所ので買ったさな羊羹がつ入っていた。試験の休憩にべられるものを、自分なりに考えたらしい。
午、試験を終えてをると、修はいなかった。栞は約束を守った父に、堵とわずかな物りなさの両方をじた。駅まで歩く途、の寿司ので修を見つけた。
父は内に入らず、向かいの子に座っていた。膝のにはの寿司折がある。待たないと言ったのに、と栞が言うと、修は「ここは試験会のじゃない」と、な言い訳をした。
「お寿司、また勝に買ったの」
「受かっても落ちても、べる約束だったから。ただ、いらないなら持って帰る」
栞は父の隣へ座った。のはまだたく、商には夕方の買い物客がき交っていた。修が折の蓋をけると、には届かなかった鮪と玉子が並んでいる。
「べるだけなら、話してもいい」
広告
おすすめ作品
-
完結第20話
宅配箱を盗む隣家の子…餌を入れた翌朝、母親が激怒
ペットショップを営む榊哲也の家で、宅配ボックスから荷物が次々と消える。近所の目撃情報が指したのは、隣家の小学五年生・航太。しかし母親の千晶は「子どもを疑うな」と哲也を非難し、町内に悪い噂まで広め始める。哲也は自分宛ての荷物に店で扱う乾燥コオロギの餌を入れ、防犯カメラで行方を確かめることに。すると映像には、少年の行動以上に不可解な親子のやり取りが残されていた。さらに消えた荷物を追ううち、地域の見守り活動に関わる不自然な書類まで浮かび上がる。小さな宅配トラブルの裏に、何が隠されているのか。怒り|真相|修羅場3.8万字5 837 -
完結第20話
大正、子守奉公の少女
大正時代、貧しい農家に生まれた十一歳の少女は、「三度の飯」を条件に子守奉公へ出された。赤ん坊を背負う毎日から工場近くの家、東京の屋敷へ。三年分の奉公賃は家族に渡され、働く場所も自分では決められなかった。やがて海を越えて旅順へ渡った彼女は、子どもたちの世話をしながら、文字を覚え、針仕事を学び、少しずつ自分の世界を広げていく。誰かのために働くことしか知らなかった少女は、いつか自分の人生を選べるようになるのだろうか。時代|歴史|真相2.8万字5 358 -
完結第17話
忘れたコートが教えてくれたこと
結婚式まであと3週間。高橋ゆいは婚約者・博人の実家に忘れたコートを取りに戻り、衝撃的な会話を耳にする。食卓に広げられていたのは、祖母から相続した自分のマンションを、博人の実家が営む会社の追加担保にする計画書だった。しかも本人への説明は「婚姻後1週間」の予定。14人の従業員を守るためだと訴える婚約者の母と、すべてを知りながら黙っていた博人。人生逆転|裡切られた|夫婦|真相|修羅場2.0万字5 625 -
完結第20話
死んだ母を名乗る女
母を亡くして二年。三十歳の浅沼美咲は、空き家となった実家を片付けている最中、郵便配達員から思いがけない言葉を告げられる。「先月もお母様にお会いしましたよ」。亡くなったはずの母を名乗り、郵便物を受け取っている女がいるというのだ。家の中に残された生活の痕跡、天井裏から聞こえる不審な物音、そして母宛てに繰り返し届く現金書留。兄とともに調べ始めた美咲は、疎遠だった叔母の影と、母の遺産をめぐる不穏な思惑に気づく。死者の名を使ってまで隠そうとした秘密とは。真相|親子関係2.3万字5 1571 -
完結第20話
シャッターを切らなかった日
昭和46年、水俣。写真館で働く17歳の村瀬航一は、町の現実を新聞に伝えようと、仕立て屋の橋本夏枝にカメラを向ける。しかし、彼女から「撮らないで」と拒まれた後、以前撮った手の写真が本人の了承なく新聞に掲載されてしまう。その一枚は夏枝の仕事と暮らしに思わぬ影響を及ぼした。工場で働く父、被害を訴える住民、善意で支援する人々。それぞれの事情に触れるなかで、航一は問い始める。人の苦しみを伝えることと、その人の人生を勝手に語ることは、同じなのだろうか。激動の昭和を背景に、写真と人間の尊厳を描く物語。時代|歴史|昭和|真相2.7万字5 86 -
完結第12話
消えた路地の矢印
昭和39年、東京オリンピックを目前に控え、東京の街は急速に姿を変えていた。23歳の標識職人・黒田俊も、新しい道路の案内板を作る仕事に追われていた。ところが工事によって古い路地が封鎖され、診療所へ通う老人や商店の人々が行き場を失い始める。立ち退きを迫られる活版所の親子、変わり続ける迂回路、そして正しいはずの標識に迷わされる人々。時代|歴史|昭和|真相|修羅場2.8万字5 56 -
完結第12話
昭和39年、給食費泥棒にされた少女
昭和39年、村の小学校で給食費9,600円がなくなったと騒ぎになり、11歳の岸田和子は担任から泥棒だと決めつけられた。無実を訴えても信じてもらえず、和子は転校を余儀なくされる。それから35年。廃校となった母校で古い出納簿を見つけた和子は、問題の給食費が事件の二日前に全額入金されていたことを知る。なぜ教師は、なくなっていないお金を盗んだと少女を責めたのか。食数の合わない給食記録、突然退職した調理員、沈黙する元同級生。忘れられた帳簿を手がかりに、和子は35年間隠されてきた学校の秘密を追い始める。時代|歴史|昭和|真相3.1万字5 402 -
完結第12話
昭和44年、終電後に消えた駅員――28年目に見つかった記録
昭和44年、長野県の小さな駅で働く杉原修一は、最終列車を見送った夜、8万6,400円の現金とともに姿を消した。父を泥棒と呼ばれながら育った娘の美緒は、28年後、取り壊しが決まった駅舎で古い駅務日誌を発見する。そこには、父が終電の55分後、赤いランプを持って七号橋へ向かったという不可解な記録が残されていた。運休したはずの貨物列車、書き換えられた帳簿、沈黙を守る関係者たち。父はあの夜、何を知り、なぜ帰ってこなかったのか。昭和の小駅に封じられた28年間の謎を追う、家族と真実の物語。時代|歴史|昭和|ミステリー|真実2.9万字5 322 -
完結第12話
雨宮停留所の黄色い傘
私は六十二歳。幼いころから、ときどき人には見えない姿や声を感じることがある。 山梨の小さな町で叔母の家を片づけていたある雨の日、廃止された停留所の水たまりに、黄色い傘を差した少年が映った。 そこで出会った老女は、四十年近く前に失踪した息子を今も待ち続けているという。 「まだ帰れない」 少年が残した言葉を手がかりに調べ始めると、破り取られたバスの運行日誌、隠された手紙、そして家族が長年伏せてきた秘密が浮かび上がる。 あの少年は、いったい何を伝えようとしているのか。日常ホラー|ミステリー|真相|親子関係2.2万字5 262