"26人が去った屋敷――会長の息子は、貧しい家政婦の腕で泣きやんだ" 第1話
泣きやんだ敷
「その子を抱くのは、あなたの仕事ではありません」
千代の声に、さやかは度だけを止めた。絨毯に座り込んだ斗は、涙で濡れた顔をげ、彼女のエプロンに指を伸ばしている。そばには着替えもみ物も揃っていたが、2歳の子はどれにも顔を背けていた。
さやかは膝をつき、目のさをわせた。
「抱っこしてもいい?」
さな腕が持ちがるのを待ってから、背とお尻を支えた。頬に当たる襟をそっとよけ、元でくい始める。母が寝るによくってくれた、い子守だった。
ひときわきな泣き声が途切れた。
斗はさやかの胸にを寄せ、しゃくりげながら息をついた。指先からしずつ力が抜け、いたのひらがエプロンになる。
千代のが、差ししかけたタオルを握ったまま止まっていた。交代を待っていたシッターも、に落ちたぬいぐるみを拾おうと腰をかがめた姿勢でかない。廊から様子を見ていた女の使用が、唇をわずかにいた。
泣き声が消えると、庭のを剪定する音まで聞こえた。
「……何をした」
扉のそばに、濃紺のスーツを着た男がっていた。さやかは慌ててちがりかけたが、斗が体を固くしたため、そのまま絨毯のに座り直した。
この敷の主、相馬匠だった。34歳で相馬グループを率いる会だと、採用に説されている。
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実際に言葉を交わすのは初めてだった。
「申し訳ありません。を伸ばされたので」
「許なく息子に触れないでくれ」
さやかの喉が詰まった。まだ勤め始めて3しかたっていない。横浜のにあるこの敷で、彼女に任されたのは掃除と洗濯だった。子どもの世話と、2階の突き当たりの部には関わらないこと。それが最初に教えられた決まりだった。
廊の女が、さく肩をすくめた。
「だから、千代さんがおっしゃったのに」
さやかは斗を見ろした。いまつ毛に涙が残り、のが赤くなっている。仕事を失う恐ろしさはあった。それでも、このをいきなりほどいて誰かに渡すことだけはできなかった。
「落ち着いたら、交代します。もうしだけ待っていただけませんか」
匠の目が細くなった。千代が何か言おうとした、斗がさやかの肩から顔をげ、父親を見つめた。
「ぱぱ」
掠れた声に、匠の元がいた。返事はなかったが、腕計に向かいかけていたが止まる。斗はまたさやかに頬を預け、目を閉じた。
シッターが静かに子へ腰をろした。彼女も何度となく抱き、歩き、っていたのだろう。袖には乾いた涙の跡があり、膝に置いた両は赤く荒れている。
「眠れそうなら、そのままでお願いします。私はここにいますから」
その声に助けられ、さやかはさくをげた。
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千代が持ってきたい掛け物を、斗のにかける。みが腕に落ち着くにつれ、さやか自の呼吸もゆっくりになった。28歳の彼女には子どもがいない。ただ、が泣いているに、く泣きやませることばかり考えると、かえって声が届かなくなるのはっていた。
弟の優太から届いた朝のメッセージをいす。病院の事は今もだった、と何でもないようにいてあった。返事をするに仕事が始まってしまった。
「このは、どこで覚えた」
匠はさっきより声を落としていた。
「母からです。特別なではありません」
さやかが答えると、彼は腕のの息子をく見つめた。斗の寝息にわせ、掛け物の端がかすかにしている。誰も先に部をようとはしなかった。
やがて千代が、隣のい寝をえた。さやかは斗を起こさないように体を傾けたが、エプロンを握った指がすぐにくなる。戻してやると、眉の皺がほどけた。
匠はその指を見たまま、扉を閉めた。
「説を聞きたい。君の名と、ここへ来た理由を」
さやかは子どもを抱き直した。辞めさせられるのか、それとも別の何かを求められるのか、彼の表からは読み取れなかった。
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