"26人が去った屋敷――会長の息子は、貧しい家政婦の腕で泣きやんだ" 第2話
26目の引き継ぎ
斗を寝へ移せたのは、それからしばらくしてからだった。千代がそばにつき、さやかは隣のさな応接へ呼ばれた。テーブルには彼女の雇用契約と、い引き継ぎ用のファイルが並んでいた。
「篠原さやかさん。政婦の経験はあるが、保育の資格はない」
匠が類を確かめる。さやかは頷き、病院にいる22歳の弟のことを話した。急性血病の治療が始まり、3つ掛け持ちしていた仕事では、通院の付き添いと活のやりくりが難しくなったのだ。
「み込みなら、賃の負担を減らせます。く働きたいとって応募しました」
契約に記されたは32万円だった。支払うのは会社ではなく、雇用主である相馬匠個だと説を受けている。さやかにとっては、弟と暮らしをて直すための事な仕事だった。
匠は引き継ぎファイルをいた。
「この18かで、26が世話を引き受け、続けられずに辞めた。派遣も、期の交代員も含めてだ」
名の横には勤務と簡単な申し送りがある。さやかは許しを得て、何枚かめくった。昼はべた、夜はべなかった。抱くと嫌がった、抱かないと泣いた。どれも嘘には見えないのに、そのどこで誰が何をしたかは抜け落ちていた。
「同じ方にく来ていただくことは、できなかったんでしょうか」
広告
「泣き続ければ、別の会社を試した。専のなら、うやり方をっているとったんだ」
匠の指が、最の名ので止まった。さやかは先ほどのシッターの荒れたをいした。何もしてこなかったたちの名簿ではない。してきたことが、次のへうまく届かなかったのだ。
廊で属の盆が触れう音がした。隣からい泣き声ががり、匠がすぐにつ。さやかも続くと、斗は寝ので両肩をすくめていた。
「斗くん、ここにいるよ」
千代がを差しす。さやかはその隣に座り、急いで抱きげずに待った。斗は2を見比べ、やがて千代の指を握った。
匠が戸でを止める。さやかは声をくして言った。
「私だけでなければ駄目、ということではないといます。同じように待ってくれるが、ほかにもいると分かれば」
応接へ戻ると、匠は契約の横にしいを置いた。
「掃除の担当を減らす。、千代と緒に息子を見てくれないか」
「私の見つけたことを、皆さんにも伝えていいですか。休みのや夜に交代する方にも。それと、気になることは先に相談したいです」
「分かった。勤務のと交代は、千代に調させる」
さやかはに目を通してから頷いた。泣きやませる約束はできないが、泣くに何があったかを見落とさないようにすることはできる。
広告
そのの夕方、千代はさなノートを渡してくれた。事、眠、気づいたことをき、勤務が終わるにページを撮って共する。受け取った側も読んだことを返すと決めた。
器を案内された、さやかは井のカメラに気づいた。品用の蔵庫と配膳台、その向こうの鍵棚が同じ部にある。
「鍵の入りを確認するためのものです。以のモニターは壊れましたが、録画は交換済みです。必なには私が確認します」
千代はそう説し、さやかのために引き継ぎ用端末の共先を登録した。
夜、さやかは借りたファイルと、自分の最初の記録を並べた。属音の直に泣いたこと。抱きげた、い襟が頬に触れると顔を背けたこと。が突然入れ替わると、体をくこわばらせたこと。
任者の記録にも、同じ面が別々の言葉で残っていた。「配膳の直」「着替えのあと」「交代」。さやかはその3か所に、せる付箋を貼った。
皆がを尽くしたの泣き声には記録があった。
けれど、その直に何が起きたのかを、並べて見たはいなかった。
広告
おすすめ作品
-
完結第20話
同じ部署の社員が月30万〜50万円もらう中、私の月給だけは18万円だった
44歳の水野は、同じ開発部の正社員が月30万〜50万円を受け取る中、4年間ずっと月給18万円の契約社員として働いてきた。肩書は「技術補助員」だが、最大顧客のシステム保守や障害対応、大型更新まで実務の中心を任されている。それでも契約満了の日、人事から差し出された更新書類には、また同じ18万円の数字が並んでいた。「代わりはいくらでもいる。ほかに行く当てがないなら署名したほうがいい」。水野はペンを取らず、待遇差の説明を求める書面だけを提出する。そして午後4時、会社が用意した18万円の契約書ではなく、鞄に隠していた“もう1通の書類”を机の上へ置く――。職場逆転2.6万字5 5282 -
完結第12話
靴磨きの少年と会長の時計
有楽町の高架下で靴を磨く18歳の佐藤蓮には、他人には聞こえない微かな機械音を聞き分ける力があった。ある日、常連客である東都ホールディングス会長・田中健三の腕時計から、機械式時計には存在しない電子音を聞き取る。留め具から現れたのは、米粒ほどの盗聴器だった。会長に請われて本社へ入った蓮は、次々と情報漏洩を防ぐが、やがて産業スパイに仕立て上げられる。300万円の入金、深夜の入館記録、捏造写真。会社だけでなく帰る場所まで奪われた少年は、古い靴箱に残した証拠を抱え、会長を追い落とそうとする陰謀に立ち向かう。職場逆転|人生逆転1.7万字5 644 -
完結第12話
3年間隠していた清掃員の母に、院長が頭を下げた
大学病院に勤める医師・原田誠は、同じ病院で清掃員として働く68歳の母・澄江との関係を、3年間、人に言えずにいた。ある夕方、海外から来日した医療支援財団の代表が急変。原因を絞り込めない医師たちの前で、母が古い手術痕に目を留め、腹部の出血を疑う。同僚が母を追い払おうとする中、誠は検査結果を確かめ、母との関係を明かす。そこへ現れた院長は、清掃服の母を「先生」と呼び、深く頭を下げた。やがて届く30年前の写真と手術記録。一方、救命の経過をまとめた草稿からは、母の言葉が消されていた。母はかつて何者だったのか。なぜ息子にも過去を語らず、清掃員として働いているのか。誠は母の知られざる人生と、奪われかけた功績に向き合う。職場逆転1.6万字5 0 -
完結第14話
「お前は下がれ」白衣を脱いで5年、俺が社長令嬢を救った
東大医学部を首席で卒業した遠藤誠は、38歳の元心臓血管外科医。5年前の手術をきっかけに病院を辞め、今は過去を伏せて工場で働いている。ある日、視察に訪れた28歳の社長令嬢・沢美咲が倒れた。医師は過労と判断し、工場長は誠に下がれと命じる。しかし、発熱と低血圧、鈍くなる反応を見た誠は、制止を振り切って救急要請を続ける。その場にいた医師は、誠を追い詰めた元上司だった。搬送先で隠していた経歴が明かされる一方、美咲は5年前の患者の名前を口にする。さらに、廃棄されたはずの機器に返却記録が見つかり、誠は再び過去と向き合うことに。あの日、本当に判断を誤ったのは誰だったのか。奪われた名誉を取り戻す、元外科医の逆転劇。職場逆転2.0万字5 377 -
完結第11話
院長が頭を下げた看護師の妻
VIP患者が急変した救急処置室で、院長が深く頭を下げた。相手は、医師の俺ではなく看護師の妻・奈々だった。見合い結婚から3年。同僚が妻の外見を笑っても、俺はかばわずに通り過ぎた。だが、声が飛び交う現場で必要な情報を集め、救命の連携を支えたのは彼女だった。俺が知ろうとしなかった、看護師としての21年。「院長の知り合いだから」と片づけようとする同僚を前に、俺は初めて妻の仕事を自分の言葉で語る。その後、院長は奈々を旧姓で呼び、15年前の搬送記録を取り出した。なぜ、あの院長が妻に頭を下げたのか。答えにつながる患者の名前が、古い紙の上に残っていた。職場逆転1.5万字5 225 -
完結第10話
月8万円の町工場社長
俺は34歳の町工場社長。 肩書だけなら立派だが、役員報酬は月8万円。工場を守るために作った800万円の借金まで抱えていた。 そんな俺に、大手機械メーカー・白石精機の社長令嬢との見合い話が舞い込んだ。断られるつもりで貯金もないと正直に話したのに、琴子さんは微笑んだ。 「三浦さん。あなた、合格です」 ところが数日後、白石精機の幹部が工場へ現れた。琴子さんとの関係を断てば、年間数千万円の仕事を回すという。 工場には、治療を続ける妻を持つ職人も、子どもの学費を抱える社員もいる。断れば皆の生活に影響する条件だった。 さらに白石精機から、他社がすべて断った緊急部品の依頼が届く。材料は15本、必要数は12個。しかし6本を加工した時点で、合格品は一つもなかった。 残り9本では、どう計算しても足りない。 追い詰められた俺が開いたのは、亡き父の黒いノートだった。その中には22年前、まったく同じ部品を削った記録が残されていた――。職場逆転|人生逆転1.6万字5 793 -
完結第19話
1800円の御膳が1万8000円になった日――覆面社長が見つけたホテルの嘘
全国18店舗を経営するホテル会社の社長・高瀬直人は、相次ぐ不審な苦情を確かめるため、一般客を装って地方店を訪れた。注文した1800円の炊き込みご飯御膳に提示された会計は、10倍の1万8000円。さらに72歳の女性も、3000円の料理代として3万円を脅し取られてしまう。直人が録音と2枚の領収書を確保すると、削除された503件の苦情、36件の架空請求、そして支配人が差し出した500万円の封筒が浮かび上がる。服装で客を選び、ホテルを金を奪う罠へ変えたのは誰なのか。職場逆転2.5万字5 3527 -
完結第13話
「異物が入ってる!」老舗そば屋を潰した“32秒の嘘”
東京・深川で「柚香庵」を30年間守ってきた72歳の高瀬澄子。ある日、5人組の客から「そばに異物が入っている」と怒鳴られるが、正体は自家製の柚子薬味に残った種だった。ところが、男たちの目的は食事ではない。1億2000万円相当の土地を1800万円で奪うため、1分41秒の映像を32秒に切り、店主が異物混入を笑ってごまかしたように拡散したのだ。店の評価はわずか2時間で4.7から2.1へ。さらに保健所へ金属片の写真が届き、午前2時17分、閉店後の裏口に人影が現れる。30年分の信用を奪われかけた澄子は、孫とともに記録を残し始めた。職場逆転|金銭問題1.8万字5 620 -
完結第6話
会長、腕時計に盗聴器があります!
有楽町の高架下で靴を磨く18歳の佐藤蓮には、他人には聞こえない微かな機械音を聞き分ける力があった。ある日、常連客である東都ホールディングス会長・田中健三の腕時計から、機械式時計には存在しない電子音を聞き取る。留め具から現れたのは、米粒ほどの盗聴器だった。会長に請われて本社へ入った蓮は、次々と情報漏洩を防ぐが、やがて産業スパイに仕立て上げられる。300万円の入金、深夜の入館記録、捏造写真。会社だけでなく帰る場所まで奪われた少年は、古い靴箱に残した証拠を抱え、会長を追い落とそうとする陰謀に立ち向かう。職場逆転9.0千字5 218 -
完結第5話
「中卒は留守番してろ」と空港に置き去りにされた私
中卒ながら独学で資格を取り、旅行会社に中途入社した22歳の天野澪。現場経験を生かして難航していた企画を救っても、学歴を嘲る竹内部長に成果を奪われ続けていた。やがて澪は、予約困難な老舗旅館・天祥館の視察枠を獲得する。ところが出発前夜、竹内は部下を脅し、澪の航空券だけを密かに取り消した。羽田空港に1人残された澪へ届いたのは、「中卒は留守番してろ」というLINE。事情を知らず天祥館へ着いた同僚たちを待っていたのは、チェックインを認めない女将だった。なぜ女将は、不在の新人を待つのか。そして澪が保存した操作履歴と録音は、竹内の嘘をどこまで暴くのか。職場逆転8.1千字5 1948