"26人が去った屋敷――会長の息子は、貧しい家政婦の腕で泣きやんだ" 第9話
300万円の噂
「このが、弟さんの治療に使われたという話がている」
正が資料をくと、病院の玄関が写った写真が現れた。さやかの隣に匠がち、鞄へを伸ばしている。あの、温かいお茶を受け取って話した、いの部だった。
次のには、相馬グループの会社座から300万円が支払われた記録があった。ただし、受取の欄は黒く塗られていた。
「私は、そのおを受け取っていません」
さやかが答えると、正はを指先で叩いた。
「君の座でなくても、病院などへ直接支払うことはできる。受取の詳細は関係先への配慮で伏せてあるが、会社からがたことは確かだ」
匠が写真を脇へどけた。
「俺はそんな支払いを指示していない。病院へったことと、会社の支を結びつける根拠は何だ」
「調査の報告もある。役員にはすでに資料を配っている。きな問題になるに、代表としてのを考えてもらいたい」
さやかは正の元を見た。以、応接で茶を運んだにも、彼はこうして類の角を指でそろえていた。あのの調査が自分にまで向けられていたのだと、今になって分かった。
匠は話を取り、監査役にも確認を依頼すると告げた。支払いの原本、指示した者、契約との対応を残すよう求めている。その声は落ち着いていたが、机のの資料を押さえた指には力が入っていた。
広告
文乃が、さやかに目を向けた。
「斗に母親のように慕わせて、今度は弟さんの面倒まで見てもらうのね」
「そういうお願いはしていません」
「では、会がわざわざ病院へ向く必があったのかしら」
さやかは膝ののをほどき、匠を見た。助けを求めたというより、あののことを緒にっているの言葉を待ったのだった。
話を終えた匠は、正へ元の報告をすよう求めた。文乃の言葉は、そのまま客に残された。
「会」
「篠原さん、し待ってくれ。まずの流れを確認する」
さやかは目を伏せた。待てば資料が揃い、受け取っていないことも分かるかもしれない。それまでここで働き続ける自分が、どんな顔で斗を抱くのかは、誰も考えていないようだった。
机のには、会社の類のに挟まれた自分の写真があった。弟の容体を配していたの顔が、を求めてづいた証拠として扱われている。
「確認はしてください。でも、確認が済むまで、何を言われても黙って働く約束はできません」
匠がさやかへ顔を向けた。彼女は資料から目をさずに続けた。
「は契約どおり32万円です。いただいたのは与と特別休暇、それから病院への送迎です。会社のおを治療費に使っていただいたことはありません」
正が子の背に体を預けた。
広告
「では、調べれば済むことだろう」
「そのために、私についてかれた部分の写しをください。どなたに渡したのかも、教えてください」
匠が資料を確かめ、写真と指摘事項のページを複写するよう秘へ連絡した。正は満そうにを結んだが、さやかは頼みを引っ込めなかった。自分のらない所で増える話を、もうの言葉だけで受け取りたくなかった。
文乃が杖を引き寄せた。
「しばらく、斗にはづかないほうがいいわ」
さやかはちがり、胸の名札をした。具が指に引っかかったが、ゆっくり押しいて机へ置く。
「仕事を辞めさせていただきます。引き継ぎの程は、千代さんと相談させてください」
「篠原さん、まだ結論はていない」
匠の声に、さやかは初めて正面から向き直った。
「私がおを受け取ったという話と、ここで働き続けるかどうかは、別のことです」
彼女は帳からを取り、指摘事項の確認と、事実に反するは資料を受け取ったたちへの訂正を求める旨をいた。署名を添え、名札の横へ置く。
「辞めても、訂正を求めることはやめません」
さやかはったまま、匠がそのを受け取るのを待った。
広告
おすすめ作品
-
完結第20話
同じ部署の社員が月30万〜50万円もらう中、私の月給だけは18万円だった
44歳の水野は、同じ開発部の正社員が月30万〜50万円を受け取る中、4年間ずっと月給18万円の契約社員として働いてきた。肩書は「技術補助員」だが、最大顧客のシステム保守や障害対応、大型更新まで実務の中心を任されている。それでも契約満了の日、人事から差し出された更新書類には、また同じ18万円の数字が並んでいた。「代わりはいくらでもいる。ほかに行く当てがないなら署名したほうがいい」。水野はペンを取らず、待遇差の説明を求める書面だけを提出する。そして午後4時、会社が用意した18万円の契約書ではなく、鞄に隠していた“もう1通の書類”を机の上へ置く――。職場逆転2.6万字5 5282 -
完結第12話
靴磨きの少年と会長の時計
有楽町の高架下で靴を磨く18歳の佐藤蓮には、他人には聞こえない微かな機械音を聞き分ける力があった。ある日、常連客である東都ホールディングス会長・田中健三の腕時計から、機械式時計には存在しない電子音を聞き取る。留め具から現れたのは、米粒ほどの盗聴器だった。会長に請われて本社へ入った蓮は、次々と情報漏洩を防ぐが、やがて産業スパイに仕立て上げられる。300万円の入金、深夜の入館記録、捏造写真。会社だけでなく帰る場所まで奪われた少年は、古い靴箱に残した証拠を抱え、会長を追い落とそうとする陰謀に立ち向かう。職場逆転|人生逆転1.7万字5 644 -
完結第12話
3年間隠していた清掃員の母に、院長が頭を下げた
大学病院に勤める医師・原田誠は、同じ病院で清掃員として働く68歳の母・澄江との関係を、3年間、人に言えずにいた。ある夕方、海外から来日した医療支援財団の代表が急変。原因を絞り込めない医師たちの前で、母が古い手術痕に目を留め、腹部の出血を疑う。同僚が母を追い払おうとする中、誠は検査結果を確かめ、母との関係を明かす。そこへ現れた院長は、清掃服の母を「先生」と呼び、深く頭を下げた。やがて届く30年前の写真と手術記録。一方、救命の経過をまとめた草稿からは、母の言葉が消されていた。母はかつて何者だったのか。なぜ息子にも過去を語らず、清掃員として働いているのか。誠は母の知られざる人生と、奪われかけた功績に向き合う。職場逆転1.6万字5 0 -
完結第14話
「お前は下がれ」白衣を脱いで5年、俺が社長令嬢を救った
東大医学部を首席で卒業した遠藤誠は、38歳の元心臓血管外科医。5年前の手術をきっかけに病院を辞め、今は過去を伏せて工場で働いている。ある日、視察に訪れた28歳の社長令嬢・沢美咲が倒れた。医師は過労と判断し、工場長は誠に下がれと命じる。しかし、発熱と低血圧、鈍くなる反応を見た誠は、制止を振り切って救急要請を続ける。その場にいた医師は、誠を追い詰めた元上司だった。搬送先で隠していた経歴が明かされる一方、美咲は5年前の患者の名前を口にする。さらに、廃棄されたはずの機器に返却記録が見つかり、誠は再び過去と向き合うことに。あの日、本当に判断を誤ったのは誰だったのか。奪われた名誉を取り戻す、元外科医の逆転劇。職場逆転2.0万字5 377 -
完結第11話
院長が頭を下げた看護師の妻
VIP患者が急変した救急処置室で、院長が深く頭を下げた。相手は、医師の俺ではなく看護師の妻・奈々だった。見合い結婚から3年。同僚が妻の外見を笑っても、俺はかばわずに通り過ぎた。だが、声が飛び交う現場で必要な情報を集め、救命の連携を支えたのは彼女だった。俺が知ろうとしなかった、看護師としての21年。「院長の知り合いだから」と片づけようとする同僚を前に、俺は初めて妻の仕事を自分の言葉で語る。その後、院長は奈々を旧姓で呼び、15年前の搬送記録を取り出した。なぜ、あの院長が妻に頭を下げたのか。答えにつながる患者の名前が、古い紙の上に残っていた。職場逆転1.5万字5 225 -
完結第10話
月8万円の町工場社長
俺は34歳の町工場社長。 肩書だけなら立派だが、役員報酬は月8万円。工場を守るために作った800万円の借金まで抱えていた。 そんな俺に、大手機械メーカー・白石精機の社長令嬢との見合い話が舞い込んだ。断られるつもりで貯金もないと正直に話したのに、琴子さんは微笑んだ。 「三浦さん。あなた、合格です」 ところが数日後、白石精機の幹部が工場へ現れた。琴子さんとの関係を断てば、年間数千万円の仕事を回すという。 工場には、治療を続ける妻を持つ職人も、子どもの学費を抱える社員もいる。断れば皆の生活に影響する条件だった。 さらに白石精機から、他社がすべて断った緊急部品の依頼が届く。材料は15本、必要数は12個。しかし6本を加工した時点で、合格品は一つもなかった。 残り9本では、どう計算しても足りない。 追い詰められた俺が開いたのは、亡き父の黒いノートだった。その中には22年前、まったく同じ部品を削った記録が残されていた――。職場逆転|人生逆転1.6万字5 793 -
完結第19話
1800円の御膳が1万8000円になった日――覆面社長が見つけたホテルの嘘
全国18店舗を経営するホテル会社の社長・高瀬直人は、相次ぐ不審な苦情を確かめるため、一般客を装って地方店を訪れた。注文した1800円の炊き込みご飯御膳に提示された会計は、10倍の1万8000円。さらに72歳の女性も、3000円の料理代として3万円を脅し取られてしまう。直人が録音と2枚の領収書を確保すると、削除された503件の苦情、36件の架空請求、そして支配人が差し出した500万円の封筒が浮かび上がる。服装で客を選び、ホテルを金を奪う罠へ変えたのは誰なのか。職場逆転2.5万字5 3527 -
完結第13話
「異物が入ってる!」老舗そば屋を潰した“32秒の嘘”
東京・深川で「柚香庵」を30年間守ってきた72歳の高瀬澄子。ある日、5人組の客から「そばに異物が入っている」と怒鳴られるが、正体は自家製の柚子薬味に残った種だった。ところが、男たちの目的は食事ではない。1億2000万円相当の土地を1800万円で奪うため、1分41秒の映像を32秒に切り、店主が異物混入を笑ってごまかしたように拡散したのだ。店の評価はわずか2時間で4.7から2.1へ。さらに保健所へ金属片の写真が届き、午前2時17分、閉店後の裏口に人影が現れる。30年分の信用を奪われかけた澄子は、孫とともに記録を残し始めた。職場逆転|金銭問題1.8万字5 620 -
完結第6話
会長、腕時計に盗聴器があります!
有楽町の高架下で靴を磨く18歳の佐藤蓮には、他人には聞こえない微かな機械音を聞き分ける力があった。ある日、常連客である東都ホールディングス会長・田中健三の腕時計から、機械式時計には存在しない電子音を聞き取る。留め具から現れたのは、米粒ほどの盗聴器だった。会長に請われて本社へ入った蓮は、次々と情報漏洩を防ぐが、やがて産業スパイに仕立て上げられる。300万円の入金、深夜の入館記録、捏造写真。会社だけでなく帰る場所まで奪われた少年は、古い靴箱に残した証拠を抱え、会長を追い落とそうとする陰謀に立ち向かう。職場逆転9.0千字5 218 -
完結第5話
「中卒は留守番してろ」と空港に置き去りにされた私
中卒ながら独学で資格を取り、旅行会社に中途入社した22歳の天野澪。現場経験を生かして難航していた企画を救っても、学歴を嘲る竹内部長に成果を奪われ続けていた。やがて澪は、予約困難な老舗旅館・天祥館の視察枠を獲得する。ところが出発前夜、竹内は部下を脅し、澪の航空券だけを密かに取り消した。羽田空港に1人残された澪へ届いたのは、「中卒は留守番してろ」というLINE。事情を知らず天祥館へ着いた同僚たちを待っていたのは、チェックインを認めない女将だった。なぜ女将は、不在の新人を待つのか。そして澪が保存した操作履歴と録音は、竹内の嘘をどこまで暴くのか。職場逆転8.1千字5 1948