"26人が去った屋敷――会長の息子は、貧しい家政婦の腕で泣きやんだ" 第15話
戻らない仕事、会いたい
しい仕事先では、午の事を終えると、さやかはエプロンを鞄へしまった。紹介を受けた通いの仕事がしずつ増え、面会のと無理なく組みわせられるようになってきた。
匠と会うのは、その仕事が終わってからだった。昼を取るも、斗と公園へくもあった。忙しくて約束を変えるは、どちらからも先に連絡した。さやかが今は疲れたから帰りたいと言うと、彼は理由を聞きさず、次に会えるのを楽しみにしていると答えた。
緒に過ごすうちに、彼にも仕事と子どもの話以の顔があることが分かった。注文するものをなかなか決められず、さやかの選んだ料理を見てし悔することもある。斗の絵本を読む声を練習して、まじめな顔で犬の鳴き方を尋ねてきたには、笑いすぎてお茶がめなかった。
匠は、彼女が笑い終わるのを待ちながら、自分も笑っていた。
そうしたが数か積みなった頃、優太の退院が決まった。病状は寛解に至ったが、再発を防ぐための治療はこれからも続く。医師から今の予定を聞き、さやかと優太は、通院に使うや活の段取りを緒にき込んだ。
さやかは期で借りていた部から、弟と暮らせるさなアパートへ移っていた。
広告
退院の、優太は玄関で靴を脱ぐと、部の奥を見回した。
「姉ちゃん、ちゃんと自分の子も買ったんだ」
以は弟に座らせ、自分はでべることがかった。さやかが2脚並んだ子を見ると、優太は片方へ腰をろし、窓を眩しそうに見た。
「これからのこと、俺にも決めさせて。姉ちゃんが予定を全部空けなくても、できることは緒に考えたい」
さやかは頷き、通院予定をいたを弟のへ置いた。退院したからといって急に何もかも任せることはできないが、全部を1で決める必もなくなっていた。
しばらくして、匠から敷へ来てもらえないかと連絡があった。斗を寝かせるに、見てほしいものがあるという。
訪ねると、2階の突き当たりの扉がいていた。匠が自分で鍵をけ、千代に伝ってもらいながら、残されていたものを理したのだという。はしまわれ、窓際の子には畳んだ掛け物が置かれていた。
化粧台にあった写真ては、斗が普段過ごす部へ移されていた。子どもが青いの女性を指さすと、匠は隣に座った。
「ママ、このを気に入っていたんだ。お父さんとかけるにも、よく着ていたよ」
斗は写真のに指を触れ、それから父親を見た。匠は紗帆の話をもうし続けた。さやかは戸で聞いていたが、胸を押しつぶすような苦しさはなかった。
広告
彼がいののを、自分とは別の所で切にしていることが分かったからだった。
「ここを、ずっと閉めておくのはやめようとう」
匠は突き当たりの部を見て言った。
「斗がもっと話せるようになった、母親のことを聞けるにしたい」
さやかは頷いた。写真のの紗帆の笑顔を、もう見ないようにする必はなかった。
夕のあと、匠は斗を寝かせにった。途でさやかを呼ぶことはなく、戻ってくるまで彼女は千代とお茶をんでいた。働いていた頃の話をしても、すぐって何かを片づけなければという気持ちにはならなかった。
帰る、匠は庭まで見送ってくれた。へ続く灯りのでち止まり、着の内側からさな箱を取りす。
「これからの暮らしを、緒に決めていきたい」
蓋がくと、指輪がを受けた。さやかは箱から彼の顔へ目をげた。
「俺と、結婚してください」
匠は箱を持ったまま、彼女の答えを待っていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第20話
同じ部署の社員が月30万〜50万円もらう中、私の月給だけは18万円だった
44歳の水野は、同じ開発部の正社員が月30万〜50万円を受け取る中、4年間ずっと月給18万円の契約社員として働いてきた。肩書は「技術補助員」だが、最大顧客のシステム保守や障害対応、大型更新まで実務の中心を任されている。それでも契約満了の日、人事から差し出された更新書類には、また同じ18万円の数字が並んでいた。「代わりはいくらでもいる。ほかに行く当てがないなら署名したほうがいい」。水野はペンを取らず、待遇差の説明を求める書面だけを提出する。そして午後4時、会社が用意した18万円の契約書ではなく、鞄に隠していた“もう1通の書類”を机の上へ置く――。職場逆転2.6万字5 5282 -
完結第12話
靴磨きの少年と会長の時計
有楽町の高架下で靴を磨く18歳の佐藤蓮には、他人には聞こえない微かな機械音を聞き分ける力があった。ある日、常連客である東都ホールディングス会長・田中健三の腕時計から、機械式時計には存在しない電子音を聞き取る。留め具から現れたのは、米粒ほどの盗聴器だった。会長に請われて本社へ入った蓮は、次々と情報漏洩を防ぐが、やがて産業スパイに仕立て上げられる。300万円の入金、深夜の入館記録、捏造写真。会社だけでなく帰る場所まで奪われた少年は、古い靴箱に残した証拠を抱え、会長を追い落とそうとする陰謀に立ち向かう。職場逆転|人生逆転1.7万字5 644 -
完結第12話
3年間隠していた清掃員の母に、院長が頭を下げた
大学病院に勤める医師・原田誠は、同じ病院で清掃員として働く68歳の母・澄江との関係を、3年間、人に言えずにいた。ある夕方、海外から来日した医療支援財団の代表が急変。原因を絞り込めない医師たちの前で、母が古い手術痕に目を留め、腹部の出血を疑う。同僚が母を追い払おうとする中、誠は検査結果を確かめ、母との関係を明かす。そこへ現れた院長は、清掃服の母を「先生」と呼び、深く頭を下げた。やがて届く30年前の写真と手術記録。一方、救命の経過をまとめた草稿からは、母の言葉が消されていた。母はかつて何者だったのか。なぜ息子にも過去を語らず、清掃員として働いているのか。誠は母の知られざる人生と、奪われかけた功績に向き合う。職場逆転1.6万字5 0 -
完結第14話
「お前は下がれ」白衣を脱いで5年、俺が社長令嬢を救った
東大医学部を首席で卒業した遠藤誠は、38歳の元心臓血管外科医。5年前の手術をきっかけに病院を辞め、今は過去を伏せて工場で働いている。ある日、視察に訪れた28歳の社長令嬢・沢美咲が倒れた。医師は過労と判断し、工場長は誠に下がれと命じる。しかし、発熱と低血圧、鈍くなる反応を見た誠は、制止を振り切って救急要請を続ける。その場にいた医師は、誠を追い詰めた元上司だった。搬送先で隠していた経歴が明かされる一方、美咲は5年前の患者の名前を口にする。さらに、廃棄されたはずの機器に返却記録が見つかり、誠は再び過去と向き合うことに。あの日、本当に判断を誤ったのは誰だったのか。奪われた名誉を取り戻す、元外科医の逆転劇。職場逆転2.0万字5 377 -
完結第11話
院長が頭を下げた看護師の妻
VIP患者が急変した救急処置室で、院長が深く頭を下げた。相手は、医師の俺ではなく看護師の妻・奈々だった。見合い結婚から3年。同僚が妻の外見を笑っても、俺はかばわずに通り過ぎた。だが、声が飛び交う現場で必要な情報を集め、救命の連携を支えたのは彼女だった。俺が知ろうとしなかった、看護師としての21年。「院長の知り合いだから」と片づけようとする同僚を前に、俺は初めて妻の仕事を自分の言葉で語る。その後、院長は奈々を旧姓で呼び、15年前の搬送記録を取り出した。なぜ、あの院長が妻に頭を下げたのか。答えにつながる患者の名前が、古い紙の上に残っていた。職場逆転1.5万字5 225 -
完結第10話
月8万円の町工場社長
俺は34歳の町工場社長。 肩書だけなら立派だが、役員報酬は月8万円。工場を守るために作った800万円の借金まで抱えていた。 そんな俺に、大手機械メーカー・白石精機の社長令嬢との見合い話が舞い込んだ。断られるつもりで貯金もないと正直に話したのに、琴子さんは微笑んだ。 「三浦さん。あなた、合格です」 ところが数日後、白石精機の幹部が工場へ現れた。琴子さんとの関係を断てば、年間数千万円の仕事を回すという。 工場には、治療を続ける妻を持つ職人も、子どもの学費を抱える社員もいる。断れば皆の生活に影響する条件だった。 さらに白石精機から、他社がすべて断った緊急部品の依頼が届く。材料は15本、必要数は12個。しかし6本を加工した時点で、合格品は一つもなかった。 残り9本では、どう計算しても足りない。 追い詰められた俺が開いたのは、亡き父の黒いノートだった。その中には22年前、まったく同じ部品を削った記録が残されていた――。職場逆転|人生逆転1.6万字5 793 -
完結第19話
1800円の御膳が1万8000円になった日――覆面社長が見つけたホテルの嘘
全国18店舗を経営するホテル会社の社長・高瀬直人は、相次ぐ不審な苦情を確かめるため、一般客を装って地方店を訪れた。注文した1800円の炊き込みご飯御膳に提示された会計は、10倍の1万8000円。さらに72歳の女性も、3000円の料理代として3万円を脅し取られてしまう。直人が録音と2枚の領収書を確保すると、削除された503件の苦情、36件の架空請求、そして支配人が差し出した500万円の封筒が浮かび上がる。服装で客を選び、ホテルを金を奪う罠へ変えたのは誰なのか。職場逆転2.5万字5 3527 -
完結第13話
「異物が入ってる!」老舗そば屋を潰した“32秒の嘘”
東京・深川で「柚香庵」を30年間守ってきた72歳の高瀬澄子。ある日、5人組の客から「そばに異物が入っている」と怒鳴られるが、正体は自家製の柚子薬味に残った種だった。ところが、男たちの目的は食事ではない。1億2000万円相当の土地を1800万円で奪うため、1分41秒の映像を32秒に切り、店主が異物混入を笑ってごまかしたように拡散したのだ。店の評価はわずか2時間で4.7から2.1へ。さらに保健所へ金属片の写真が届き、午前2時17分、閉店後の裏口に人影が現れる。30年分の信用を奪われかけた澄子は、孫とともに記録を残し始めた。職場逆転|金銭問題1.8万字5 620 -
完結第6話
会長、腕時計に盗聴器があります!
有楽町の高架下で靴を磨く18歳の佐藤蓮には、他人には聞こえない微かな機械音を聞き分ける力があった。ある日、常連客である東都ホールディングス会長・田中健三の腕時計から、機械式時計には存在しない電子音を聞き取る。留め具から現れたのは、米粒ほどの盗聴器だった。会長に請われて本社へ入った蓮は、次々と情報漏洩を防ぐが、やがて産業スパイに仕立て上げられる。300万円の入金、深夜の入館記録、捏造写真。会社だけでなく帰る場所まで奪われた少年は、古い靴箱に残した証拠を抱え、会長を追い落とそうとする陰謀に立ち向かう。職場逆転9.0千字5 218 -
完結第5話
「中卒は留守番してろ」と空港に置き去りにされた私
中卒ながら独学で資格を取り、旅行会社に中途入社した22歳の天野澪。現場経験を生かして難航していた企画を救っても、学歴を嘲る竹内部長に成果を奪われ続けていた。やがて澪は、予約困難な老舗旅館・天祥館の視察枠を獲得する。ところが出発前夜、竹内は部下を脅し、澪の航空券だけを密かに取り消した。羽田空港に1人残された澪へ届いたのは、「中卒は留守番してろ」というLINE。事情を知らず天祥館へ着いた同僚たちを待っていたのは、チェックインを認めない女将だった。なぜ女将は、不在の新人を待つのか。そして澪が保存した操作履歴と録音は、竹内の嘘をどこまで暴くのか。職場逆転8.1千字5 1948