"昭和27年、父は町長へ戻らなかった" 第1話
昭274、野県部のあいにある瀬町にも、ようやく遅いが訪れていた。の斜面にはまだが筋のように残っていたが、町役のを流れる用には解けが勢いよく流れ、商ではの閉められていた戸をけるが増えていた。17歳の正は学からの帰り、いつものように役を通りかかったところで、掲示板のに集まる々に気づいた。
掲示板には講条約の発効をらせる文や、しい法令についての説、町議会の程などが何枚も貼られていた。その角に、公職追放に関する制度が講条約発効をに廃止される旨をらせる文面があり、難しい言葉のくは正には分からなかった。それでも、までにも追放解除の話を何度かにしていた彼には、そのが何をするのかだけはすぐ理解できた。
父が、もう度公職へ戻れる。
その考えが浮かんだ瞬、正の胸がくなった。
父・宗郎は、終戦まで瀬町の町を務めていた。正が幼かった頃、には農の主、商主、学の教師、消防団の幹部などが毎のように訪れ、玄関先では誰もが宗郎を「町さん」と呼んだ。父が役へる朝には背広を着て子をかぶり、町を歩けばち止まってをげる者もく、幼い正はそんな父を誰よりも派なだとっていた。
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ところが戦争が終わってしばらくすると、から「町」という肩が消えた。昭22、宗郎は公職追放の対象となり、役へ通うことができなくなった。それまでへがり込んで々と相談していたが、で父と会っても簡単に会釈するだけになり、母・が買い物にけば、先でひそひそと何かを言われることもあった。
正が10歳だった頃、所のから「おの父ちゃん、町から追いされたんだろ」と笑われたことがある。腹をてて殴りいになり、へ帰って母に理由を聞くと、は正の擦りむいた頬に薬を塗りながら、いつもと同じ言葉をにした。
「お父さんは、棒をしたわけでも、を騙したわけでもありません。ただ、代が変わったの」
正には、それが理解できなかった。悪いことをしていないが、なぜ昨まで座っていた子から突然ろされなければならないのか。なぜ町のために働いてきた父が、仕事だけでなく、町のから向けられていた敬まで緒に失わなければならないのか。
だから、そのの正はった。
坂をがり、商を抜け、息を切らしながらの戸をけると、庭では宗郎が薪を割っていた。昔の町だったとはえない古びた作業着を着て、擦り切れた袋を履き、掌にはの肉体労働でできたいまめが浮いている。
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追放、宗郎は米、事、材置き、運送の伝いと、仕事を選ばず族を養ってきた。
「父さん!」
斧が止まった。
「何だ。事か」
「終わるんだって」
「何が」
「公職追放だよ。役に貼ってあった」
宗郎の顔から、ほんの瞬だけ表が消えた。正はそれをびだとい込み、息をえる暇もなく続けた。
「もう町になれるんだろ。これでまた選挙にられるんだよ」
「そうか」
父はそれだけ言って、割った薪を拾いげた。
正はわず笑った。
「そうかって、それだけ?」
「に何と言えばいい」
「戻れるんだぞ」
「どこへ」
「役に決まってるだろ」
宗郎のが止まった。
薪を抱えたまま、父は正を見た。その目はんでいるようにも、っているようにも見えなかった。
「戻らんよ」
正は聞き違えたとった。
「……何?」
「もう町には戻らん」
「何言ってるんだよ」
「聞こえただろ」
宗郎は薪を軒へ積み始めた。正はそのろ姿を追った。
「ずっと悔しかったんじゃないの?」
「何が」
「町を辞めさせられてだよ。米で俵担いで、事までやって、は材運んで……」
「それで飯をった。それだけだ」
「それだけじゃないだろ!」
正の声が庭に響いた。
「みんな父さんのこと笑ってたんだぞ。町だった頃はあんなにげてたくせに、追放されたら急にらん顔して。俺だって学で何度も言われたんだ」
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