"昭和27年、父は町長へ戻らなかった" 第7話
自分は特別なの子どもなのだと、無識にっていた。
父が追放された、それを失ったことが悔しかった。
もしかすると、自分が取り戻したかったのは父の名誉ではなく、自分自の特別なだったのではないか。
翌朝、正は庭で薪を割る宗郎の隣へ座った。
「父さん」
「何だ」
「俺、町議になるの、回やめる」
斧が止まった。
「そうか」
「止めないの?」
「おのだ」
正はむっとした。
「でも、やらないってじゃない」
父が息子を見る。
「まず働く」
「どこで」
「まだ分からない」
正はし笑った。
「父さんみたいに、役じゃないところで町を見る」
宗郎は何も褒めなかった。
ただ、再び薪へ斧を振りろした。
そのの夜、だけが台所でさく笑っていた。
卒業がづく頃、正は町内の運送会社へ就職することを決めた。担任は役の採用試験を勧めたが、本は首を縦に振らなかった。
宗郎もをさなかった。
昭28の。
正は制ではなく、油の染みた作業着を着てをた。
初の仕事は、農協から部の集落へ肥料を運ぶことだった。
トラックが入れる所まで運べば終わりだとっていた。
だが、は途で途切れていた。
そこから先は、の背で運ぶしかなかった。
50キロい袋を背負い、坂を登った正は、わずか数百メートルで息ががった。
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先を歩いていた60歳い農の男が振り返った。
「若いのにけねえな」
正は何も言い返せなかった。
父も、米で最初にこうだったのだ。
その、へ戻った正の肩には真っ赤な痕が残っていた。
宗郎は目見ただけで尋ねた。
「かったか」
正は苦笑した。
「にいてあるよりはな」
父は初めてし笑った。
運送会社で働き始めると、正のっていた瀬町は急に広くなった。部からで20分もれば舗装されていないがあり、さらにへ入れば、になると数バスが来なくなる集落もあった。町の図では本の線でつながっている所でも、がれば荷が通れず、が積もればが歩くだけで苦労だった。
農へ肥料を運ぶ。
商へ酒や醤油を届ける。
学へ教材を積む。
診療所へ薬品を運ぶ。
毎違う所へくたび、正は民から役への満を聞いた。
「部のばかり直しやがる」
「林をどうにかしてくれ」
「より医者だよ。夜に子どもがしたらどうする」
「学まですぎる」
ところが翌、部へ戻れば別の話を聞く。
「のにばかりを使われたら商がぬ」
「しいを作らないと隣町へ客を取られる」
「若いが残る仕事を作ってくれ」
誰かの希望を叶えれば、別の誰かが「なぜそこへを使う」
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と言う。
正はようやく理解し始めた。
町民の声を聞く。
言葉では簡単だ。
だが町民は、つの声ではなかった。
仕事を始めて半ほど経った、正はのに側のさな集落へ荷物を届けた。帰ろうとしたところ、70代の女性から「診療所へ薬を取りにきたい」と頼まれた。予定のを乗せていいのか迷ったが、吹のを歩かせるわけにもいかず、司へ連絡して助席へ乗せた。
女性はので言った。
「昔、町にも頼んだことあるんだよ。ここまでバスを通してくれって」
正は驚いた。
「父に?」
「ああ。若かったねえ、あのも」
「何て答えました?」
「がないから難しいって」
正は黙った。
「ってますか」
女性は笑った。
「別に」
「でも便だったんでしょう」
「そりゃ便さ」
窓のではが横向きに流れている。
「町だからって、ないもの全部せるわけじゃないだろ」
正はその言葉にも驚いた。
町の決定で困ったは、必ず父を憎んでいるとっていた。
現実はもっと複雑だった。
「ただね」
女性が続けた。
「回来てほしかったとはったよ」
「来る?」
「に」
父が訪れたのはだったという。
も乾いており、集落まで自で来られる季節だった。
「に回来てたら、答えが同じでも、し違ったかもしれんね」
正は帰宅して、その話を宗郎へ伝えた。
父は女性の名を尋ねた。
「本トメさん」
宗郎の顔が止まった。
すぐに押し入れから黒い帳面を持ってきた。
そこに名があった。
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