"十四歳で板前奉公へ――少年が料理人になるまで" 第1話
「正、の朝、このをろ」
父がそう言ったのは、夕飯の噌汁からまだ湯気がっているだった。
歳の正は、箸を持ったまま父の顔を見た。あいのさなで兄弟の男として育った正は、その、等学を終えることになっていたが、担任からは町の学へもうしんでみないかと勧められていた。
算術だけは誰にも負けなかった。
教師が黒板へ問題をくと、正は答えがるまでになった。に帰れば田仕事を伝わなければならなかったが、夜になるとさなランプので教科をき、使い終わった帳面の余まで計算式で埋めていた。
そのの午にも担任の田がへ来ていた。
「正は勉ができます。町の商業学なら、費のも探せるかもしれません」
父の源蔵は、をげたまま答えなかった。
教師が帰ったあとも、正は期待していた。
が貧しいことは分かっている。それでも先まで来てくれたのだから、もしかしたら父も考え直してくれるのではないかとった。
だが夕飯の席で父がにしたのは、学の話ではなかった。
「町の料理に話をつけた。み込みだ」
正の胸がたくなった。
「いつ?」
「先からだ」
「先?」
「父さんの昔のりいのだ。飯もわせてもらえる。寝るところもある。
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に職もつく」
正は母のハルを見た。
母は目を伏せていた。
「俺、まだ返事してない」
「返事はらん」
源蔵は噌汁椀を置いた。
「もう決まった」
「先は学にけるって」
「先が米をわせてくれるのか」
正は言葉を失った。
その、では作が続いていた。米はったほど取れず、末の妹はに肺を悪くして医者へかかった。農具を買った借も残っていることを、正も何となくっていた。
それでも、自分のがらないところで決められていたことが悔しかった。
「何で俺に相談しなかったんだよ」
父の眉がいた。
「の子どもに、の借が分かるか」
「分からないよ。何も言わないから」
「正」
母が止めた。
正はちがった。
「俺、学にきたいって言っただろ」
源蔵は黙った。
その沈黙が、拒絶より腹たしかった。
翌朝、正は学へった。
最の登だった。
友たちは、からの話をしていた。業を伝う者、へ入る者、町の学へむ者。それぞれ違っていたが、なくとも皆、自分がどこへくのかっている顔をしていた。
田先は職員で正を待っていた。
「お父さんから聞いた」
正は俯いた。
「先、ごめんなさい」
「おが謝ることじゃない」
教師は机の引きしから、冊の算術の参考をした。
品ではない。
何もの徒が使ったらしく、表の角が擦れていた。
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「持っていけ」
「でも、もう学には」
「料理へったら算術を使わないと誰が決めた」
正は顔をげた。
田は笑わなかった。
「どこへっても、まで置いていく必はない」
その言葉だけが胸へ残った。
へ戻ると、母が呂敷包みを作っていた。
着。
着物。
拭い。
繕った靴。
夕飯には、珍しくい飯と魚の煮付けがた。
弟たちはんだ。
末の妹だけが、
「兄ちゃん、どこくの」
と聞いた。
「町」
「いつ帰ってくる?」
正は答えられなかった。
。
父は縁側で煙管を吸っていた。
正はその背を見た。
謝ってほしかった。
せめて、
「すまない」
と言ってほしかった。
しかし父は何も言わなかった。
翌朝。
駅まで送ったのは母だけだった。
の皮に包んだ握り飯をつ、呂敷の隙へ押し込む。
「体だけは壊すなよ」
母はそれだけ言った。
汽がきす。
窓の向こうで母がさくなっていく。
正は泣かなかった。
泣いたら本当に子どものような気がしたからだ。
町へ着き、指定された料理「松乃」の簾をくぐると、汁と焼き魚と炭の匂いが気に押し寄せた。
板では男たちが忙しくいている。
その奥から、太い眉の男がてきた。
「おが正か」
主の松岡寅吉だった。
正はくをげた。
「今からお願いします」
寅吉は返事をせず、女将を呼んだ。
「階へ荷物を置かせろ」
それから正へ言った。
「包丁を握れるとって来たなら、今のうちに忘れろ」
正は顔をげた。
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