"十四歳で板前奉公へ――少年が料理人になるまで" 第3話
正はを握った。
「勝だ」
声が震えた。
「何も聞かないで、全部勝に決めて」
寅吉は何も言わない。
「学にきたかったのに」
「ああ」
「円だって、俺に言えばいいじゃないですか」
「そうだな」
正は寅吉を睨んだ。
「親方は何で引き受けたんですか」
寅吉は煙へをつけた。
「おの親父に昔、世話になった」
「それだけ?」
「それだけなら、で追い返してる」
寅吉は正を見た。
「お、毎晩板を覗いてるだろ」
正の顔が張った。
「見てました?」
「見てる方はな、自分が見られてないとってる」
恥ずかしくなった。
「包丁、使いたいか」
正は答えられなかった。
学へきたい。
へ帰りたい。
でも魚をさばく姿を見ると、胸がく。
そのつが同にあった。
そのの午。
母から初めてのが届いた。
《末の千代の咳がし良くなりました》
《正のおかげで医者へ連れていけました》
そこまで読んで、目を閉じた。
円は本当だった。
自分が町へたで、妹が医者へった。
さらに、
《弟たちも学へっています》
とかれていた。
胸のがぐちゃぐちゃになった。
嬉しい。
悔しい。
帰りたい。
帰れない。
夜。
正は返事をいた。
《元気です》
度く。
そのに、
《帰りたい》
ときかけた。
やめた。
を破った。
もう度く。
《元気にやっています。配いりません》
それだけだった。
を封じたあと、正は板へりた。
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夜の片づけは終わっている。
誰もいない。
まな板のに、本の根が残っていた。
正はそれをじっと見た。
そこへ背から寅吉の声がした。
「何してる」
正は振り返った。
「……何でもありません」
寅吉は根をに取った。
そして包丁を本抜いた。
正はわず歩づいた。
寅吉は言った。
「の朝、半に板へ来い」
「何をするんですか」
「雑巾よりつだけの仕事だ」
正の胸が鳴った。
翌朝。
期待して板へりた正のに置かれていたのは、包丁ではなかった。
きな鍋と、
杯のだった。
「汁を覚えろ」
寅吉が言った。
「包丁より先に、を覚えろ」
そして正はこの朝から初めて、
「料理で働く」
のではなく、
「料理を覚える」
というへ踏み込むことになった。
汁を教わるといっても、最初から丁寧に説してもらえるわけではなかった。
寅吉は鍋にを張り、材料を入れるを正に見せるだけだった。量を聞けば、
「見ろ」
加減を聞けば、
「聞くな、見ろ」
としか言わない。
正は腹をてながらも、毎朝く板へりた。
湯気の匂い。
沸く直の面。
材料を入れたの。
寅吉の指がく瞬。
目で覚えるしかなかった。
のある。
きな宴会が入った。
が慌ただしく、正も料理を座敷へ運んでいた。
急いで廊を曲がった瞬、袋が滑った。
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にしていた吸い物が畳へ落ちた。
椀が倒れ、汁が広がる。
客の袖にもしかかった。
寅吉のが落ちた。
「何客商売やってる!」
正は顔を真っ赤にした。
「すみません」
「すみませんで畳が戻るか!」
客には女将がをげた。
正は裏へがらされ、その晩は板へ入れてもらえなかった。
悔しくてたまらなかった。
せっかくし認められたとったのに。
階の布団ので、
「帰ろう」
と本気で考えた。
父のも関係ない。
も嫌だ。
寅吉も嫌いだ。
朝になったら荷物をまとめ、駅へく。
そう決めた。
ところが翌朝。
正は起きられなかった。
体が鉛のようにい。
額がい。
からし寒気はしていたが、られるのが嫌で黙っていた。
竜次が異変に気づいた。
「おい、正」
返事もできない。
正はをしていた。
昼過ぎ。
く目をけると、部に寅吉がいた。
昨あれほど鳴った男が、黙って正の額へを当てている。
「親方……」
寅吉は何も言わずちがった。
そのままていった。
「やっぱりたいだ」
正はった。
しばらくして女将が粥を持ってきた。
「べられるだけでいいから」
匙でしずつ元へ運んでくれた。
「すみません」
「謝ることじゃないよ」
夜。
喉が渇いて目を覚ますと、枕元に薬包が置いてあった。
女将へ聞くと、
「ああ、それね」
し笑った。
「親方が夜に医者のところまでったの」
正は薬を見つめた。
「親方が?」
「あの、自分で渡すの恥ずかしいんでしょうね」
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