"十四歳で板前奉公へ――少年が料理人になるまで" 第4話
翌朝にはがしがった。
。
正が板へ戻ると、寅吉はいつもの顔で言った。
「遅い」
礼を言う隙もない。
賄いの椀を見ると、正の分だけ魚がしく入っていた。
寅吉は何も言わなかった。
怖いだけのではない。
けれど優しいだけでもない。
正はその頃から、も料理と同じなのかもしれないとうようになった。
つのだけでは来ていない。
厳しさと。
鳴り声と、夜に買ってきた薬。
全部が同じのにある。
そしてががって週。
寅吉は板の引きしから、本の古い包丁を取りした。
刃は何度も研がれ、柄は黒ずんでいた。
「正」
「はい」
寅吉は包丁をまな板へ置いた。
「今から、これをおが使え」
正はすぐにを伸ばせなかった。
歳のから欲しくて仕方がなかったものが、
ようやく目のへ置かれた。
正が初めて包丁を握った、期待したほど格好のいい仕事はさせてもらえなかった。
置かれたのは根だった。
「切れ」
寅吉はそれだけ言った。
正は見よう見まねで刃を入れた。
い。
い。
斜め。
枚切って、枚とも形が違う。
竜次が横から覗き込んだ。
「団子の方がまだ揃ってるな」
正のがくなった。
もう度やる。
今度は急ぎすぎて指先を切った。
血が滲む。
「包丁は力じゃない」
竜次が布を巻きながら言った。
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「刃の角度と、の置き方だ」
正はだった。
いつも悪を言う竜次が、初めてまともに教えてくれた。
そのから。
片づけが終わったも、正は板へ残った。
根。
参。
芋。
で使えない端の部分をもらい、同じ幅になるまで切った。
では揃わない。
週でも揃わない。
かが過ぎても、寅吉は褒めなかった。
ただ、
「昨よりはましだ」
と度だけ言った。
それだけで正は嬉しかった。
ある夜。
練習していると、刃がうまく入らず、正は苛ってまな板を叩いた。
「畜」
背から声がした。
「具に当たるな」
寅吉だった。
「すみません」
寅吉は正の包丁を取った。
砥にをかける。
「おは切れないと、自分の腕が悪いとうだろ」
「違うんですか」
「腕が悪いもある。具の入れが悪いもある」
砥のを刃が滑る。
静かな音だった。
「料理はな、仕事が始まるに半分決まる」
「どういうことですか」
「準備だ」
寅吉は包丁を返した。
「客が来てから慌てる奴は、板じゃない」
その言葉は、その何も正のに残った。
包丁がしずつになじむ。
切った野菜のみが揃う。
汁のりの違いも分かるようになる。
ある。
竜次が切った根と正の根を並べた。
「どっちが俺のか分かるか」
正は見比べた。
ほとんど同じに見える。
竜次は笑った。
「やっとのい物になったな」
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悪のような褒め言葉だった。
その晩。
正は母へをいた。
《包丁を持たせてもらいました》
何度もき直した。
嬉しいとくのが恥ずかしかった。
最に、
《もうし頑張ります》
とだけした。
数週。
母から返事が来た。
《父さんはを回読みました》
正はそこだけ何度も読んだ。
父からの言葉はかれていなかった。
それでも、
「回」
という数字だけで分だった。
そして翌朝。
寅吉が突然言った。
「今はへ来い」
正は驚いた。
は、これまで先輩たちだけが親方についてく所だった。
「俺がですか」
「嫌なら寝てろ」
「きます」
寅吉は振り返らなかった。
まだ夜もけない町へる。
正は初めて、
料理が包丁を握るよりずっとから始まっていることをることになる。
の朝。
へ向かうは、吐く息がくなるほどたかった。
正は寅吉の半歩ろを歩いた。
へづくにつれ、暗のから威勢のいい声が聞こえてくる。
箱。
氷。
濡れた畳。
魚との匂い。
正には、並んでいる魚がどれも同じように見えた。
寅吉は違った。
魚を持ちげる。
目を見る。
腹へ触れる。
匹を選び、別の匹は戻す。
「何が違うんですか」
正が聞いた。
「自分で考えろ」
またそれだった。
へ戻ると、寅吉は選んだ魚をまな板へ置いた。
「今はおがやれ」
正はを疑った。
「俺が?」
「まで連れていったを考えろ」
嬉しさでが震えた。
慎に包丁を入れる。
しかし緊張で刃が骨へ当たった。
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