"十四歳で板前奉公へ――少年が料理人になるまで" 第6話
正は何も言えなかった。
「だから料理になれとは言わん」
「え?」
「嫌なら辞めてもいい」
源蔵は初めて息子を見た。
「今度は、自分で決めろ」
歳のに番聞きたかった言葉だった。
正はしばらく黙った。
そして言った。
「戻るよ」
「どこへ」
「松乃」
源蔵がさく頷いた。
翌朝。
正は再び汽へ乗った。
とは違う。
今度は、
から追いされたのではない。
自分ので、
町へ戻るのだとえた。
歳を過ぎた頃には、正は仕込みの部を任されるようになっていた。
包丁を握るも増えた。
鉢。
煮物。
焼き物の準備。
まだ寅吉の最終確認は必だったが、
「正、やっとけ」
と言われることが増えた。
その言が嬉しかった。
しい奉公も入ってきた。
歳の文吉。
緊張した顔でへ来たへ、寅吉が最初に渡したのはやはり雑巾だった。
正はわず笑った。
「何笑ってる」
「いや、別に」
数。
文吉が鍋を焦がした。
忙しいだった。
正はわず鳴った。
「何やってるんだ! から目をすなって言っただろ!」
の肩が縮む。
その姿を見た瞬。
歳の自分をいした。
夜。
正は階の部へった。
文吉は布団ので背を向けていた。
「おい」
返事がない。
「俺も焦がしたことある」
文吉がしいた。
「親方に鍋ごとへ放りされた」
本当だった。
正は笑った。
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「、の見方教える」
それから正は、自分が覚えたことをしずつ輩へ伝えるようになった。
教えると、自分が分かっていない部分も見えた。
寅吉がなぜ昔、
「見ろ」
としか言わなかったのかもし分かる。
だけで説しても、がかなければ料理にはならない。
所の乾物の娘・文とも、この頃りった。
使いにくと、
「またってるの」
と笑われた。
「料理はる仕事なんだ」
「板って包丁持ってってるだけかとってた」
「俺も昔そうってた」
休みの。
神社の縁へ緒にった。
正にとって、以の所で誰かとゆっくり歩くこと自体が鮮だった。
ある。
文が言った。
「正さんの作ったもの、べてみたい」
正は返事に困った。
翌。
賄い用に作った卵焼きをしだけの皮へ包んで渡した。
数。
文はので、
「美しかった」
とだけ言った。
正はその、なぜか嫌がよかった。
寅吉に、
「何をにやにやしてる」
とられた。
だが平穏な々はく続かなかった。
世のが急速に落ち着きを失い始めた。
へ入る魚が減る。
調料がに入りにくくなる。
若い職が、またとをれていく。
竜次にも通が来た。
発の夜。
竜次は正へ本の砥を渡した。
「持ってろ」
「何で」
「帰ってきたら返せ」
「自分で持っていけばいいじゃないですか」
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竜次は笑った。
「料理しにくわけじゃねえ」
正は何も言えなかった。
翌朝。
竜次はをた。
寅吉は簾のまで見送った。
「帰ってこい」
初めて、寅吉がそんな言葉をにするのを聞いた。
そのから。
正は竜次がっていた所へ入った。
寅吉が言った。
「今から焼き、おに任せる」
嬉しいはずなのに、
胸はかった。
がいなくなったから回ってきた所だった。
それでも正はった。
板の空いた所を、
自分が埋めなければならなかった。
を続けること自体が難しい代になった。
魚が入らない。
米も分ではない。
酒も減る。
客も以ほど来なくなった。
寅吉は毎朝、仕入れから戻るたび難しい顔をした。
「今は何があります?」
正が聞く。
「これだけだ」
さな魚。
芋。
根。
乾物。
以なら料理の献に並ばなかったようなものまで使った。
「客からをもらうんだ」
寅吉は言った。
「無いからまずい、は言い訳にならん」
正は夫した。
魚の骨で汁を取る。
ないを野菜とわせる。
芋を焼き、噌を夫する。
豪華ではない。
それでも温かいものをす。
あるの夜。
老いた客が来た。
「今は何がある」
正は、
「したものはありません」
と言いかけた。
寅吉に睨まれた。
言い直す。
「芋と根の炊いたものがあります」
「それでいい」
客は静かにべた。
最に汁までみ干した。
「温まった」
それだけだった。
正は、料理とは豪華な材料を使うことではないのだとった。
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