"十四歳で板前奉公へ――少年が料理人になるまで" 第7話
空腹のへ。
疲れたへ。
えた体へ。
今あるもので、
しでもましなを渡す。
それも料理だった。
空襲警報が鳴る夜もあった。
の灯りを落とし、皆で息を潜めた。
正は板の奥で古い包丁を握った。
何の役にもたないのに、なぜか持っていたかった。
「正」
暗で寅吉が呼んだ。
「はい」
「がなくなっても、腕は残る」
父がにいた言葉と同じだった。
《についたものなら誰にも取られません》
正は暗ので頷いた。
やがてい戦争が終わった。
町は傷んでいた。
も無事ではなかった。
窓は割れ、根の部も直さなければならなかった。
それでも寅吉は簾を捨てなかった。
「またやるぞ」
正は驚いた。
「材料もありませんよ」
「客だって持ってない」
「じゃあ」
「だから飯をすんだ」
正は笑った。
「無茶苦茶ですね」
「今さら気づいたか」
女将も笑った。
松乃は、さな堂のような形で再した。
料理らしい料理はない。
それでも客は来た。
復員した男。
働きを探す若者。
族を失った老。
皆、温かい汁をんだ。
ある夕方。
入にの男がった。
痩せて、頬がこけている。
正は最初、誰か分からなかった。
男が笑った。
「砥、まだ持ってるか」
竜次だった。
正は板からびした。
竜次は帰ってきた。
しかし、ていったと同じではなかった。
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以はよく笑い、も悪かった。
今は黙っているが増えた。
夜に目を覚ますこともあった。
寅吉は何も聞かなかった。
「働けるか」
それだけ聞いた。
竜次は頷いた。
最初の数週。
竜次のはうようにかなかった。
包丁を持つと震えることがある。
正は何も言わなかった。
昔、指を切った自分へ砥の使い方を教えてくれただ。
今度は正が、
「今は俺がやります」
と自然に仕事を引き取った。
「馬鹿にすんな」
竜次がる。
「してません」
「じゃあ寄越せ」
しずつ、が戻った。
ある晩。
を閉めた、で酒をんだ。
竜次が言った。
「お、腕げたな」
「俺がの、いって言いましたよね」
「覚えてねえ」
「俺は覚えてます」
竜次は笑った。
その笑い方が昔にし戻っていた。
正は歳になっていた。
文との付きいも続いていた。
戦争はも途切れたが、文は待っていた。
「正さん」
ある、文が言った。
「私と緒になる気、ある?」
正は持っていた湯呑みを落としそうになった。
「普通、男が言うんじゃないのか」
「いつまで待っても言わないから」
正は顔を赤くした。
「ある」
文が笑った。
「じゃあく言って」
正は覚悟を決めた。
「俺と緒になってください」
「はい」
結婚式は質素だった。
松乃の階で、皆が料理を作った。
寅吉は酒をみながら、
「女を泣かすな」
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とだけ言った。
「親方に言われたくない」
正が返すと、女将が番笑った。
数。
息子の健太がまれた。
正は自分が父親になったことが議だった。
歳の自分をいす。
あの頃の父は、今の自分よりしくらいの齢だった。
族をわせる。
借を返す。
子どもを育てる。
自分が親になると、源蔵が見ていたものもし分かるようになった。
ただし、
分かることと、
正しかったとうことは別だった。
正は決めた。
自分の息子のを、
勝に決めるのだけはやめよう。
その頃。
別の料理から声がかかった。
今よりがいい。
きな。
腕を試せる。
正は迷った。
寅吉へ相談すると、
「きたきゃけ」
それだけだった。
「止めないんですか」
「止めたら残るのか」
正は黙った。
その晩、文が言った。
「正さん、本当に欲しいのはなの?」
正は考えた。
「違う」
「じゃあ何」
初めてにした。
「自分のが欲しい」
文は驚かなかった。
「いつ言うのかとってた」
「無理だとうか」
「難しいでしょうね」
「おい」
「でも」
文は計簿をした。
「無理かどうかは、数字を見てから決めればいい」
正は妻の横顔を見た。
歳の。
数字が好きだったがいた。
学にはけなかった。
けれど今。
自分のを持つために、
もう度数字と向きうことになった。
文は計簿をきっちりつけていた。
毎いくら入る。
いくら使う。
どこまでなら貯められる。
正が夜遅く帰ると、文は帳面を広げて待っていた。
「今のままだと」
「いな」
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