"十四歳で板前奉公へ――少年が料理人になるまで" 第12話
しかし孫が歳だとうと、答え方が変わった。
「最初からなりたかったわけじゃない」
翔太が目を丸くする。
「じゃあ何で?」
「が貧乏だったからだ」
「それだけ?」
「で、町の料理へされた」
「?」
翔太は自分の胸を指した。
「俺と同じ?」
「ああ」
「をるの?」
「み込みだった」
「無理」
正は笑った。
「俺も無理だとった」
そしてしずつ話した。
学へきたかったこと。
父が勝に奉公先を決めたこと。
円の支度。
最初に渡された雑巾。
怖い親方。
をした夜。
古い包丁。
。
初めて客から、
「うまい」
と言われた。
独。
。
健太。
最の営業。
翔太は黙って聞いた。
「じゃあさ」
話を聞き終えた孫が言った。
「おじいちゃん、料理になってよかった?」
正はすぐに答えなかった。
若い頃なら、
「よかった」
と言ったかもしれない。
苦労が報われた話にした方が簡単だ。
だが以きると、それだけではないと分かる。
「でをされたことが、よかったとはわない」
翔太は真剣に聞いている。
「学へきたかった気持ちも、本当だ」
「じゃあ悔してる?」
「それも違う」
正は古い包丁を見た。
「始まりは自分で選べなかった」
ゆっくり言う。
「でも途から、自分で選んだ」
料理を覚える。
へ戻る。
文と結婚する。
独する。
息子を学へかせる。
を継がせない。
弟子を送りす。
簾をろす。
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そのつつは、
歳の父ではなく、
正自が決めた。
「ってな」
正は言った。
「最初のを、自分で選べないこともある」
翔太が頷く。
「でも途で曲がることはできる」
「おじいちゃんは曲がったの?」
「何回も」
翔太が笑った。
正も笑った。
窓のにはのがあった。
正の脳裏に、歳のが蘇る。
母が握ってくれたつのおにぎり。
駅までの。
汽の窓。
ざかる母。
膝のの呂敷包み。
松乃の簾。
元へ落ちた雑巾。
《包丁を握れるとって来たなら忘れろ》
あのの寅吉の声。
の夜の薬。
初めて握った包丁。
のたい空気。
客の、
《これ、うまいな》
という声。
独の。
寅吉の、
《まあ、やっていけるだろう》
というぶっきらぼうな言葉。
歳の健太へ言った、
《け》
という自分の声。
全部が本のになっていた。
翔太が聞いた。
「もし歳の自分に会えたら、何て言う?」
正は目を閉じた。
昔なら、
「しろ」
と言ったかもしれない。
「頑張れ」
とも。
けれど今は違う。
するだけでが良くなるわけではない。
頑張れば必ず望んだ所へけるわけでもない。
正はゆっくり目をけた。
「嫌なは、嫌だってっていい」
翔太がし驚く。
「帰りたいは?」
「帰りたいとっていい」
「逃げても?」
正は考えた。
「逃げるのも、自分で決めたならいい」
翔太は笑った。
「おじいちゃん、と優しいね」
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「昔は怖かったぞ」
「父さんは優しいって言ってた」
正はし照れた。
「そうか」
孫が帰った。
正は古い包丁をで見つめた。
刃に、自分の老いた顔がぼんやり映る。
歳の自分には、
こんな老になる未来など像できなかった。
料理になるとも。
を持つとも。
息子を学へ送りすとも。
孫に昔話をするとも。
正は包丁を布へ包み直した。
押し入れの奥へしまうに、
度だけを止めた。
そしてので、
歳のへ声をかけた。
頑張れ、ではない。
しろ、でもない。
「よくきたな」
それだけだった。
正は静かに押し入れを閉めた。
台所から文の声がする。
「お茶、入ったよ」
「今く」
正はちがった。
もう板へつことはない。
客へ料理をすこともない。
それでも、台所には今の夕飯の匂いがしていた。
いの最初に与えられたのは、枚の雑巾だった。
その次に本の古い包丁。
そして最に残ったのは、
誰かにべてもらうことが嬉しいとえた、
の料理のだった。
正は文の向かいへ座った。
湯呑みをに取る。
窓のでは、のが庭を揺らしていた。
歳のにをたの旅は、
ようやくここで、
静かに終わろうとしていた。
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