みかん小説
本棚

"昭和41年、集団就職の少年が一年ぶりに帰った故郷" 第2話

が止まった。

は鞄を握り、がった。

ホームへりた瞬たいの匂いが京とは違うことに正は気づいた。解けの、それから駅の売で焼かれている芋の匂いが混ざっている。、ここから京へ発した朝にも同じ匂いがしていたはずだったが、あのはそんなものを覚えている余裕などなかった。

改札の向こうに母のキヨがいた。

はそこでを止めた。

母は駆け寄ってこなかった。れた所にったまま、まるで本当に自分の息子か確かめるように正の顔を見ている。正もまた、の文字でしか触れてこなかった母を見つめ返した。

「……母ちゃん」

声をかけると、キヨはようやく歩いてきた。

まで来ると、顔をから覗き込むようにして言った。

きくなったね」

それだけだった。

泣くことも、抱きしめることもなかった。正も「うん」としか言えず、気まずさをごまかすように鞄の持ちを握り直した。

母は以とそれほど変わっていないはずだった。しかし正の目には、なぜかさくなったように映った。髪にいものが増えたせいかもしれないし、自分の背が伸びたからなのかもしれなかった。

キヨは正を見た。

そこにはでできた細かな傷がいくつも残り、指の付け根はくなっている。

広告

……ずいぶん固くなったね」

「仕事してれば、こんなもんだよ」

はなるべく何でもないことのように答えた。

母が鞄へを伸ばした。

「持つよ」

「いいよ。俺が持つ」

が言うと、キヨはわずかに目を見いた。

、この鞄へ着替えを詰めたのも、駅まで持ってきたのも母だった。正京へ持っていく着の内側へ、糸で名を縫いつけたのも母である。

今、その鞄を正は自分でげている。

キヨは何も言わずを引いた。

駅をたところで、正は辺りを見回した。

「父ちゃんは?」

母の歩みが、瞬だけ遅くなった。

にいるよ」

「なんで来なかったの」

で話すから」

にもそういてあっただろ。何かあったの?」

キヨは答えなかった。

その沈黙で、正の胸にあったが現実を増した。

までのはほとんど変わっていなかった。曲がり角の古い柿のも、垣も、さな祠もそこにあったように見える。途所の老が正に気づいて「京の坊主が帰ってきたか」と声をかけた。

「もう坊主じゃねえな」

そう言って老は笑った。

げたが、の半分は父のことでいっぱいだった。

が見えてきた。

古い造のも、納も、庭先の梅のも以のままだった。妹の子が玄関からしてきて、そのろから弟の健も姿を見せた。

広告

「兄ちゃん!」

子は声で呼んだ。

は昔のように駆け寄ってはこなかったが、照れ臭そうに笑っている。より背が伸び、声もくなったようだった。

「父ちゃんは?」

が尋ねると、健の表がわずかに曇った。

そのの奥から杖のを叩く音がした。

は玄関のがり框を見た。

父の源蔵がゆっくりと廊を歩いてくる。

をほとんど曲げず、製の杖へ体を預けていた。

「……父ちゃん」

源蔵は正の顔を見た。

「帰ったか」

いつもの父と変わらない声だった。

だが、正は父のから目をせなかった。

「どうしたんだよ、それ」

「ちょっとやった」

「ちょっとって……」

にな」

それだけ言うと父は居へ戻ろうとした。

は母を振り返った。

「なんで言わなかったんだよ」

キヨはを結んだままだった。

父が振り返らずに言った。

「俺がくなと言った」

「なんで?」

「おが帰ってくるとったからだ」

その言葉に、正は何も返せなかった。

源蔵は仕事の伝いへった際、凍った斜面でを滑らせたという。倒れてきた細い丸太に膝を挟まれ、骨はつながったものの、以のようには曲げられなくなっていた。

医者からは無理な畑仕事や仕事を控えるよう言われている。

それを聞いた正に、まず浮かんだのはのことだった。

「仕事は?」

源蔵は煙を取りしながら答えた。

「できるだけやってる」

「できるだけって……」

「正

父が初めて息子の目をまっすぐ見た。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: