"昭和41年、集団就職の少年が一年ぶりに帰った故郷" 第7話
「兄ちゃん、京って変わったな」
「どういうだ」
「は父ちゃんにそんなこと言えなかっただろ」
正は笑った。
それは自分でもっていた。
歳のまで、父の言うことに真正面から反論したことなど度もなかった。
京で働いたが正に与えたものは、料や腕計だけではなかったのかもしれない。
帰り、健がぽつりと言った。
「俺、ほんとはきたい」
正は歩きながら答えた。
「ってる」
「業」
「それもってる」
「兄ちゃんよりいい械使えるようになったらどうする」
「そのは俺に教えろ」
健が笑った。
その笑顔を見て、正は初めて決めた。
弟を京へかせないためではない。
弟が、自分で選んだへめるようにする。
そのために、自分が何をできるのか考えようとった。
翌、正は学へ向かった。
舎はしかれていないのに、以よりさく見えた。昇のでっていると、ちょうど職員から担任だった先がてきた。
「か?」
先は正をしばらく見つめたあと、驚いたように笑った。
「帰ってきてたのか」
「昨から」
「京はどうだ」
「何とかやってます」
正がをげると、先は何度も頷いた。
卒業式の、先は《体に気をつけろ》と言って送りしてくれた。そのの正には、先も父も似たようなに見えていた。
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何も具体なことは助けてくれず、ただ頑張れと言うだけのだとったことさえある。
今ならし違って見える。
「先、健のことで聞きたいんです」
先の表が変わった。
「就職希望のか」
「ってるんですか」
「担任から聞いた」
先は職員の横にあるさな応接へ正を通した。
健は成績なら業を分狙えるという。特に数学と理科は学でも位に入っているらしい。
「ただ、の事がある」
「父が怪したから」
「それもある」
先は机の引きしから枚のをした。
「県の育英資というのがある。返す必はあるが、条件がえば借りられる」
正はを受け取った。
そんな制度があることをらなかった。
「これ、健は?」
「話した。ただ、あいつは父親に負担を増やしたくないと言っている」
正は弟らしいとった。
「それから業なら、卒業にへ入るもある。今すぐ働くか、学んでから働くか、その違いだ」
その言葉が正の胸へ残った。
今すぐ働く。
学んでから働く。
同じ「働く」へ向かうにしても、はつではない。
正は自分が歳の、それをらなかった。
いや、っていても選べなかった。
だが健には、まだ選べる能性がある。
「先」
「何だ」
「俺も、本当はにけたんでしょうか」
先はすぐには答えなかった。
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「成績だけならな」
正は笑った。
「そうですか」
「」
先は真剣な顔になった。
「おが働いていることと、へかなかったことは、別々に考えた方がいい」
正は黙った。
「京へて働いたを悔する必はない。だが、あのほかにがなかったことまで派なことにしてしまう必もない」
その言葉は、正がこれまで誰からも言われたことのないものだった。
集団就職で京へる、町では皆が「派だ」「親孝だ」「京で頑張れ」と言った。
正自も、そうおうとしていた。
だが派であることと、選択肢がなかったことは同じではない。
先は続けた。
「健には、健の選択をさせてやれ」
正はを握りしめた。
帰り際、先が言った。
「おもよく続いたな」
正は振り返った。
先はそれ以何も言わなかった。
そのい言が、京の商の主から言われた《それはいいことだ》と同じように、正の胸へく残った。
その夜、正は父のへ育英資のを置いた。
源蔵は鏡をかけ、黙って読んだ。
「先からもらった」
「そうか」
「健に受けさせよう」
父はを畳んだ。
「の問題だけじゃない」
「分かってる」
「おの仕送りを使うという話なら駄目だ」
やはり先に言われた。
正はし腹がった。
「何でだよ」
「おのだ」
「俺がに送ったんだ」
「だから何だ」
「で使ってくれって送ったんだよ」
父と息子が睨みった。
母は台所で黙っている。
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