"昭和41年、集団就職の少年が一年ぶりに帰った故郷" 第9話
「何でるの」
「故郷より京の方がいいみたいに聞こえない?」
母は笑った。
「京が好きになったって、ここが嫌いになったわけじゃないだろ」
正はその言葉に救われた。
あれほど故郷へ帰りたかったのに、帰ってきた夜、京のをいした。
そんな自分をなようにじていた。
だがつを同に切にしてもいいのかもしれない。
母は台所へ戻りながら言った。
「帰る所が増えたんだよ」
正はしばらくその背を見ていた。
帰省して目、先がへやって来た。
父と母、それから健を交えて学について話すためだった。
先は育英資の制度や、業でかかる費用についてつずつ説した。授業料だけでなく、制や教科、通学費も必になる。
決して軽い額ではない。
源蔵は黙って聞いていた。
健も膝ので拳を握っている。
先が話し終えると、父は尋ねた。
「卒業したら、働けますか」
「もちろんです」
「へ?」
「本次第ですが、学へ求は来ます」
源蔵は健を見た。
「遅れて働くことになるな」
健が顔を伏せた。
正は何か言おうとした。
だが父が先に続けた。
「そので、で働き始めるより役につになれるか」
先は答えた。
「何を役につと考えるかによります。ただ、学べることは増えます」
父はく黙った。
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そして健に言った。
「おはどうしたい」
健は驚いたように顔をげた。
父から直接そう尋ねられたことは、おそらく度もなかった。
「……へきたい」
声はさかった。
「聞こえん」
「業へきたい」
今度ははっきり言った。
源蔵は度だけ頷いた。
「なら受けろ」
健の目が見かれた。
母も正も何も言えない。
「ただし勉しろ。途で遊んで辞めるなら許さん」
「うん」
「育英資も申し込む。りない分はで何とかする」
父はそこで正を見た。
「おの通帳にはをつけん」
正は反論しようとした。
しかし父の目を見てやめた。
代わりに言った。
「じゃあ俺、送る額は今まで通りにする」
源蔵はし考えた。
「それなら好きにしろ」
正は笑った。
それが父なりの譲歩だと分かった。
母も縫製所の午勤務について話をめることになった。父は所の農で、に負担のない農具の修理や刃物研ぎを請け負う話をもらっているらしい。
が全部を背負うのではない。
しずつ分ける。
それでようやく族の形が変わり始めた。
先が帰ったあと、健は正の部へ来た。
「兄ちゃん」
「何だ」
「ありがとう」
正はし困った。
「俺、何もしてないぞ」
「父ちゃんに言ってくれた」
「先が説したからだ」
「でも最初に言ったの兄ちゃんだろ」
正は弟のを軽く叩いた。
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「受かってから言え」
「絶対受かる」
「言ったな」
「兄ちゃんよりいいから」
「おな」
は久しぶりに子供の頃のように笑った。
正はその笑い声を聞きながらった。
自分が京へたは、弟に同じを歩かせるためのものではなかった。
違うを選べるようにするためのでもよかったのだ。
その夜、正はなかなか眠れなかった。
柱計の音。
弟と妹の寝息。
母が戸を閉める音。
くで犬が度鳴く。
京の寮にいた頃、何度もいした音ばかりだった。
これでぐっすり眠れるとっていた。
ところが目を閉じると、別の音が浮かんだ。
の始業ベル。
旋盤の回転音。
属部品を台へ置く乾いた音。
堂のざわめき。
段ベッドの隣で仲がうさな。
「あいつら、今頃何してるんだろう」
正は暗い井を見つめた。
自分が休んでいる、部品の運搬は誰がやっているだろう。
しく入った輩は具を違えていないだろうか。
いつも堂で座る隅の席には、別の誰かが座っているだろうか。
どうでもいいはずのことが次々気になる。
仕事が恋しいわけではない。
鳴られた記憶は今でも嫌だし、からずっと休みになれば嬉しいとう自分もいる。
それでも、あの所には正を待っている常がある。
最初は恐ろしかった械の音も、今ではの始まりをらせる音になっていた。
京へったばかりの頃、正は故郷を失ったようにじていた。
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