"帰ってきた姉を母は拒んだ" 第13話
誰かを許したからといって、傷がなかったことにもならない。
それでも、次に同じ戸のへった、今度は閉めないという選択はできる。
昼過ぎ。
皆で卓を囲んだ。
が炊いた赤飯。
信夫の妻が持ってきた煮物。
子の漬物。
文が横浜から買ってきた菓子。
美代が話し続け、信夫がうるさいと笑う。
何でもない事だった。
文は茶碗を持ちながら、ふと玄関の方を見た。
子が気づいた。
「どうしたの」
文は首を振った。
「別に」
しだけ笑う。
「戸、いてるなとって」
子も玄関を見た。
ので、引き戸がしだけ揺れている。
が言った。
「寒いなら閉めようか」
文は箸を置かずに答えた。
「いいよ」
の差しがまで入っていた。
文が8ぶりに帰ってきた昭33の。
母は、娘を玄関から歩も入れなかった。
そしてさらに8。
同じの戸は、誰かを追いさないためではなく、帰ってくるを迎えるように最初からいていた。
文はもう、そのことを確認してからへ入る必はなかった。
自分ので敷居をまたぎ、自分の席へ座った。
子は娘へ箸を渡しながら、ただそれを見ていた。
誰かを族のへ置かなければ守れない幸せを、もう誰も選ばなかった。
それだけでよかった。
※本作は、昭33(1958)の売防止法全面施と、そのに仕事・居・社会偏見の問題に直面した女性たちがいた代背景をもとに構成したフィクションです。
登物・域・個別の来事は架空です。
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