"父の「一万円」に隠された借金" 第6話
隆夫はを庇う父の姿を見た。
「腕しか持ってないは、腕が使えなくなったら終わる」
その言葉は、隆夫の胸へく残った。
「だからに職つけろって言ったの?」
父は頷かなかった。
ただ、
「飯戻るぞ」
と言って歩きした。
その夜、隆夫は父と同じ部の隅に布団を敷いてもらった。
部。
井はい。
隣の部からいびきが聞こえる。
誰かが廊を歩くたび、が軋む。
父は布団に入るとすぐ眠った。
隆夫は眠れなかった。
枕元には、例の族写真。
自分たち。
父はいない。
隆夫は写真を見ながら考えた。
族はずっと、父から毎万円を受け取っていた。
けれど。
父がどんな部で寝ていたか。
どんな飯をべていたか。
怪したでどんな仕事をしていたか。
誰もらなかった。
もしかすると自分たちは、万円を受け取る代わりに、父の活を見ないことにしてきたのかもしれない。
翌朝半。
まだ暗いうちに飯がき始めた。
男たちは無言で顔を洗い、作業着へ着替えた。堂ではきな釜の飯と噌汁、漬物が並び、分ほどで朝を終えると、次々とトラックへ乗り込んでいく。
隆夫は父について現くまでった。
「には入るなよ」
栄吉が言う。
「危ないから」
隆夫は柵のから眺めた。
巨なクレーン。
組みげられた鉄筋。
まだ壁のない建物。
広告
面には。
テレビで見る京のしいビルとは、まるで違った。
つの建物を造るために、何もの男が資材を担ぎ、声を掛けい、埃まみれになって働いている。
そのに父がいた。
をし引きずりながら、鉄材を運んでいる。
隆夫は目を逸らせなかった。
昼休み。
栄吉と同じ班で働く崎という若者が、弁当箱を持ってづいてきた。
歳。
福島。
「栄吉さんの息子だって?」
「はい」
「京たいんだろ」
「何でってるんですか」
崎が笑う。
「昨、親父さんが飯でぼやいてた」
栄吉が睨んだ。
「余計なこと言うな」
「いいじゃないですか」
崎は隆夫へ向き直った。
「俺は京来てよかったよ」
その言葉を聞き、隆夫は父の顔を見た。
やっぱり全員が嫌がっているわけではない。
「何目ですか」
「」
「ずっと建築?」
「最初は。次は倉庫。今はここ」
「京にむんですか」
「そのつもり」
崎はそこで笑みを消した。
「でも俺、今でここ辞める」
「何で?」
「夜、訓練所通う」
「訓練所?」
「械」
隆夫はを乗りした。
崎は、都内に働きながら通える職業訓練の所があり、建設械や備の基礎を学ぶつもりだと説した。
「ずっと資材担ぐの、まで無理だろ」
崎は自分の肩を叩いた。
「親父さん見てみろ」
「おい」
栄吉が嫌そうな声をした。
「悪いじゃないですよ。でも、俺ら体壊したら終わりでしょう」
広告
崎は言った。
「今からは械かせる奴、直せる奴の方が仕事ある」
隆夫のに『建設械入』が浮かんだ。
「難しいですか」
「そりゃ勉しなきゃ駄目だ」
「俺、たら」
言いかけたところで、栄吉が遮った。
「飯え」
「でも」
「休憩終わるぞ」
午。
隆夫はでを歩いた。
事現。
械。
。
どこにもと械が溢れている。
京は確かに魅力だった。
けれど昨までとは見え方が違う。
いビルを見ると、そので働く父の姿が浮かぶ。
速を見ると、資材を運ぶ男たちの背をう。
「京はすごい」
父はそう言った。
けれど本当は、
「京を作っているはすごい」
ということだったのかもしれない。
その夜。
隆夫は父へ言った。
「俺、やっぱり京来る」
栄吉の顔が曇った。
「昨見ただろ」
「見た」
「じゃあ何で」
「父ちゃんと同じ働き方しに来るわけじゃない」
栄吉が息子を見る。
「械勉する」
「……」
「学か訓練所調べる」
父は黙っていた。
「昼働いて、夜勉できるところもあるって崎さんが」
「崎の言うこと真に受けるな」
「でも違ってないだろ」
栄吉は答えない。
隆夫は続けた。
「父ちゃんは京で失敗したの?」
その質問に、父はく黙った。
「分からん」
「何それ」
「稼げたもある」
「うん」
「おらわせた」
「うん」
「借も作った」
「……」
「も悪くした」
栄吉は膝を撫でた。
「成功か失敗かなんて、そんな簡単に決まらん」
隆夫には、その答えの方が信じられた。
京へけば成功する。
へ残れば失敗する。
そんな簡単な話ではない。
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
帰ってきた姉を母は拒んだ
昭和33年の春。結婚を1か月後に控えた春子の家へ、8年前に東京へ出た姉・文江が突然帰ってきた。しかし母は娘を抱きしめるどころか、「祝言が終わるまで来ないで」と玄関から追い返してしまう。 文江が身を置いていたのは、女中奉公の家ではなく赤線の店だった。売春防止法の全面施行によって店が閉じ、横浜の縫製工場で再出発するため、戸籍の書類を取りに戻っただけだった。 やがて春子は、女学校の入学金も嫁入り道具も、姉が過酷な生活の中から送り続けた金で賄われていた事実を知る。さらに婚約者の家から「姉と縁を切るなら結婚を認める」と迫られ、春子は人生を左右する選択を突きつけられる。 家族を守るため、一人を家の外へ追いやればよいのか。世間の偏見と家族の罪に向き合い、消されていた姉の存在を取り戻していく姉妹を描いた、昭和の再生物語。時代|歴史|昭和1.9万字5 1 -
完結第12話
昭和41年、集団就職の少年が一年ぶりに帰った故郷
昭和41年春。15歳で集団就職のため上京した正一は、一年ぶりに山形の故郷へ帰る。成長した姿を家族に見せようと胸を弾ませていたが、駅に父の姿はなく、母の手紙には「父さんのことは、帰ってから話します」と記されていた。 家へ戻った正一が知ったのは、父の大怪我と、毎月送っていた仕送りが自分名義で貯金されていた事実。そして、弟・健二が進学を諦め、兄と同じ集団就職の道を選ぼうとしていることだった。 自分が働いた一年を否定せず、それでも弟には自分で人生を選んでほしい。正一の訴えをきっかけに、家族は一人へ負担を押しつけるのではなく、それぞれが支え合う道を探し始める。 故郷と東京、二つの居場所の間で少年が見つけたのは、離れることと失うことは同じではないという答えだった。集団就職の少年と家族の再出発を描く、昭和の成長物語。時代|歴史|昭和1.7万字5 568 -
完結第12話
十四歳で板前奉公へ――少年が料理人になるまで
昭和の初め、貧しい山村で育った14歳の正一は、進学を望みながらも、父に決められた料理屋へ住み込み奉公に出される。最初に渡されたのは包丁ではなく、一枚の雑巾だった。 厳しい親方のもとで失敗を重ね、何度も帰郷を考えた正一。しかし、一本の古い包丁と、客からもらった「うまい」の一言が、少年の人生を変えていく。家の事情で始まった奉公は、やがて自ら選び直した料理人への道となった。 戦争、結婚、独立、店の経営、弟子との出会い。そして息子が14歳になった時、正一は自分が奪われた「人生を選ぶ権利」を、息子へ渡す決断をする。 始まりは選べなくても、途中から道は選び直せる。一本の包丁とともに昭和を生きた料理人の、長い人生を描く物語。時代|歴史|昭和1.8万字5 1036 -
完結第14話
昭和40年、15歳で東京へ出た少年
昭和という時代は、遠い昔の出来事のようでいて、実はまだ私たちのすぐ隣に息づいています。ふと街角で漂う夕餉の匂い、遠くで響く電車の踏切の音、あるいは夕暮れの光が窓辺を茜色に染める瞬間、不意に胸の奥底で目覚める記憶があります。それは個人のアルバムの片隅にある色褪せた白黒写真のようでありながら、触れれば今なお温かい温度を保っています。 昭和四十年(一九六五年)春。 日本の各地にある名もなき小さな駅のホームには、同じ年頃の少年少女たちが立ち尽くしていました。十五歳。義務教育である中学校を終えたばかりの少年たちが、生まれて初めて親元を離れ、見知らぬ巨大都市・東京へと向かう朝でした。 ここに、ひとりの少年がいます。名を「ミノル」としておきましょう。 ミノルという名は、当時の日本中どこにでもあった平凡な名前です。そして、彼が辿った道筋もまた、特別な英雄の叙事詩ではなく、あの時代を懸命に生きた何十万人もの少年少女たちが共有した、どこにでもあった人生の縮図でした。だからこそ、この物語はミノルひとりだけのものではありません。かつて故郷の駅で見送られたあなた自身の物語かもしれず、あるいは黙々と働きづめで背中を丸めていたあなたの父や母、祖父母が歩んだ足跡そのものかもしれません。 今夜は、時計の針の音を少し遠くに押しやり、部屋の明かりを少しだけ落として、かつてこの国の土台をその小さな手で支えた少年たちの軌跡に、静かに耳を澄ませてみてください。時代|昭和|真相2.1万字5 690