昭和38年、山形の農村から東京へ出稼ぎに出る父・栄吉は、雨で工事が止まった月も、正月も、必ず一万円を家族へ送り続けていた。長男の隆夫は、そんな父を誇りに思い、自分も卒業後は東京で働こうと決める。 ところがある日、建設会社から《前貸金を返済してください》という手紙が届く。栄吉は怪我で働けなかった月まで会社から金を借り、「今月も家族を養えた」と示すため、同じ一万円を送り続けていたのだ。 父の暮らす飯場を訪ねた隆夫は、狭い部屋や過酷な建設現場、痛めた足を目の当たりにする。そして父の苦労をそのまま繰り返すのではなく、職業訓練校で建設機械の技術を学び、自分なりの東京での生き方を選ぶ。 家族が必要としていたのは、毎月変わらない金額でも、弱音を見せない父親でもなかった。苦しい時に「苦しい」と伝え、無理のない形で支え合うことの大切さを描いた、昭和の出稼ぎ家族の物語。